「綺」の訓み方に関するメモ(1) | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

国語学の領域の音韻的な議論を少しする。但し、結論だけ簡潔に述べよう。

それは、「m音便・n音便」と言われるものに関する議論である。よく教科書に、

土佐日記の「つむだるな」(摘みたる菜の変化形)の例が、m音便の例として、

載っている。当該の「」の表記は、「mu」ではなく、「m」と見るべき。なぜなら、

これは、あくまでも撥音だからだ。例えば、現代語における「飛んで」の「」が、

nu」と考える人はいない。これと同じである。子音のみの「m」の表記が無くて、

結果的に「」と表記しているだけのこと。さしあたり、それを押さえておきたい。

 

*   *   *

 

次に、「うま」()の異形の「むま」である。「むま」と書いてあるから、(※表記上の異形)

mu-ma」という形の異形が有った…と考えている人がいるとしたら、

恐らく、それは誤り。「うま」の二音節目の「」は、唇を閉じなければ、

発音不可能だ。その際、一音節面の「」を発音する段階で、言わば、

一種の省力化により、唇を閉じてしまうことが有るという話だ。試しに、

唇を閉じて、鼻で「んー」と唸るような感じに発音する。短く発音すると、

それが、「むま」という表記の「」である。「mu」ではなくて、「m」である。

 

#日本語の音節に、子音だけの音節が有る。それが、

#語頭に立つことも有る。そういった話は、していない。

#発音上の都合で、比較的よく現れる定型的な異音が,

#表記に反映している、という話を、しているだけである。

 

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以上の話は、「」の訓み、「かむはた」乃至「かにはた」についても、

言える。そもそも、「かむはた」の「」の所、「かにはた」の「」の所、

これは、「mu」や「ni」では無い。おそらく、撥音と呼ばれるものに近い。

然るに、「播磨」(ハリマ)や「平群」(ヘグリ)の例の如く、「~リ」の形に、

漢字の「-n韻尾」を充てることが有る。この現象は、説明し難いのだが、

事実として、こういうことが有る。この現象を横に置けば、「刈羽田」とか、

刈幡」も、「」(かむはたかにはた)と同じ語の表記である、と分かる。

この「刈幡」は、【KMHW十A】(595)を表記するもの…と考えてよい。