リブログした記事には、興味深いことが書かれている。どちらにせよ、
話の始まりは、「ファイヤーエンブレムの暁の女神」である…どうして、
「金星」なのに「火」の意匠を持つのか? ここが最大の注目点である。
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古事記神話の構図では、「左目/右目」に、「天照/月読」が照応。
確かに、【YMYNA】(右、152)=【SYNA】(シン、152)となっていて、
古事記における「月読」は、【SYNA】(シン、152)と見て矛盾がない。
ところが…ゲマトリアで、【SYNA】(シン、152)は、【PMΘA】(五、152)、(※【婁】=【D】=「五」)
即ち、【XMΣA】(五、461)なので、【ΘRYGNWN】(三角、461)を含意。
「三角」は、【胃】(長息)の形状であるが、「火」(fire)も表すことに要注意。(※所謂タットワに注意)
このことに関係するのが、ARIONの詞的メッセージの以下の部分だ。
「バアの胃袋を空にするな マニ マニ マニ △」の部分だ。むろん、
当該の「△」(三角)が示すものは、「šanû」[MAN](阿多)=「火星」、だ。(※「マニ」である)
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しかしながら、そもそも、楔形文字の[MAN]=[U.U]=[20]は、
「月神」ではなく、「日神」(つまり天照)を表す。したがって…結局、
前述の「△」(三角)は、「月読」とともに、「天照」も表すことになる。
以上は、すべて「火」(fire)の話である。「金星」の話は為ていない。
…が、前述の【婁】=【D】=「五」は、【BA】(戸、5)を意味するから、(※「バア」である)
「arīte」(楯)=「金星」を含意する。正しく「火の意匠を持つ金星」だ。
これが、古事記の神話だと、いわゆる火中出産として描かれており、
「マニ マニ マニ」は、「火照/火須勢理/火遠理」として大過ない。
#「火遠理」=「穂穂手見」=「火火出見」に注意‼ 「火火出見」は、
#見るからに、「šanû」[MAN](阿多)の繰り返す「ṣarru」(flashing)。
#これが、「arīte」(pregnant)の状態を引き起こす…という話である。
#「火」の意匠を持つ「金星」。それは、【SNWΘA】(篩、149)である。
#つまり、【KWKBA D・NGHA】(暁の星、149)は、「篩」として顕現。(※既稿も参照)