>「dun」[DUN](profit)は、意味において「nēmulu」(profit)に重なり、
>「nēburu」(木星)を含意する。その場合には、「šah」[DUN](豚)も、
>やはり、「nēburu」(木星)を含意する。このように結論できるはずだ。
(※既稿“「豚」のシンボリズム”より)
「ne-mur」(potash)に当たる言葉として、「idrānu」(potash)がある。
そして、このアッカド語は、「塩」(salt)も意味する。そういう訳だから、
実のところ、「ne-mur」(potash)は、【MLXA】(塩、101)を含意する。
ところが、古事記に、「木之荒田郎女」が出てくる。「荒田」(アラタ)も、
「ά λατα」(塩、333)に掛かり、「ne-mur」(potash)を含意するが、
「木」が表す「nēburu」(木星)も、同じく、「ne-mur」(potash)に掛かる。
又、【MLXA】(塩、101)は、【MLWAA】(profit、101)に重なる。つまり、
「ne-mur」(potash)は、「nēmulu」(profit)に重なる。「勝ち得るもの」は、
結局、「ne-mur」(potash)である。「ṭabtu」[MUN](塩)=「物」、である。
#ARIONは、「御者は眠っている」と言う。「gamlu」(御者座)は、
#「nēburu」(木星)も意味する。ところが、【MLXA】(塩、101)は、
#【XLMA】(夢、101)のアナグラムである。「夢」を見るとすれば、
#これは、「眠っている時」である。ならば、「眠る」という言葉にも、
#「ne-mur」(potash)、「nēmulu」(profit)の意味が含まれるはず。
#古事記に出てくる「真木灰」にも注意。「ne-mur」(ashes)である。
* * *
以上を咀嚼すれば、「都怒郎女──都夫良郎女」に関しても、
別の線が見えてくる。即ち、「都怒」=「dun」[DUN](profit)は、(※「勝ち得るもの」である)
「nēmulu」(profit)であって、「ne-mur」(potash、ashes)を含意。
言い換えれば、「都夫良」=「tumru」(ashes)を含意するわけだ。
その場合に、「円」(エン)が、「塩」(エン)に掛かる点にも要注意。