>一、 影を色濃く落とした泉のなかに 壷は投げ捨てられた
> 命の剣を携えた 命を刈るものによって
>
>二、 夜の闇に紛れて行くものを 銀の月の粉で捜せ
> 周りは朱鷺色 中程に進むにつれて夜明け色
> 手を入れることは出来るが 頭を入れることは出来ない
(※『光の黙示録』174頁より)
>八、 銀の御舟が過ぎる時 影の頭を留めよ
> 月型は しかし 使ってはならない
> 心の鋳型を当て填めよ
(※同175頁より)
>一五、 鹿の様に 伸びやかに ⇒ 【MWṢRA】(stretching the limbs、459)を示唆
> 鹿の様に用心深く
>
>一六、 首の欲しい者は 壷を覗くな ⇒ 「鹿」に「首」を続けることで、【觜】(鹿首)を示唆
> 剣に息を吹きかけるな
>
>一七、 黄泉の裁きを浸すなかれ ⇒ 意味不明だが、後段の「己の剣を浸せよ」へ繋ぐ
> 黄泉の壷を手にするなかれ
> 英知は黄泉にも等しく与えられ
> 神の御業に等しく映り その対を
> 成す様に 定められたからである
>
>一八、 神の名を呼ぶとき 等しく黄泉をも
> 影が呼んでいると 常に
> 心に止めおく様に
> 天秤の左右 どちらかが重くなった時に
> 真に求めている者の名を
> 知るということを覚えておく様に
(※同177頁より)
>二三、 全ての者に全ての答え
> 低きものにも 高きものにも
> 全て 神の御前には等しく
> 神の血肉によって 養われていることを
> 覚えておくように
>
>二四、 流れを滞らせるな
> 木々を拾い集め 小石を拾い集め
> 小さな火をおこせ
> 望む者 全てを火の回りに立たせよ
> 望む者 全てを宴に招け
>
>二五、 善も悪も神の言葉によって力を得る
> 人の手によって力を得ることは無い ⇒ 一方で「人の手によって修復してほしい」と言う
>
>二六、 然し 神は全てを許したもう
> 許しを請う者の全てを
(同179~180頁より)
>三四、 飛ぶ鳥は撃たれた
> 闇に走る者達の
> 「聖なる剣」によって
>
>三五、 冷静なる知恵者よ 心で見よ
> 全ての「聖なるもの」は 神の
> 御業のしるしであり 名前では無い
>
>三六、 全ての腫ようは口を開け
> 膿を流し始めた
> 黙して眺めるが良い
> 人の行なうどんな業も
> 傷を癒すことは無い
(※同182頁より)
>黄金の壷に 己が剣を浸せよ
>剣を抜くときに 中を覗こうとするな
>剣に掌を触れるな(剣の刃) ⇒ 創世記に【ΣNNA D・XRBA】(剣の刃、841)と出てくる
>剣に竜の息を吹きかけさせよ
>
>御使いの守護の為に送られた竜は ⇒ 「神からの大きな贈り物」としての 希望がある」とも言う
>人間の手には負えるものでは無い
>覚えておくように
(※同202~203頁より)
コヘレトの言葉12-6に出てくる【QWL十A OL MBWOA】(泉の上の壷、1011)は、
【A十W十A】(印、1011)に重なる。これは、ARIONが言う「黄泉の壷」と捉えてよい。
ARIONは、全ての「聖なるもの」は、「神の御業」の「しるし」と言う…これに鑑みれば、
【QWL十A OL MBWOA】(泉の上の壷、1011)も、「神の御業」の【A十W十A】(印、
1011)だろう。「聖なる剣」だけでなく、当該の【QWL十A】(壷、649)も、「聖なるもの」だ。
* * *
「手を入れることは出来るが 頭を入れることは出来ない」という記述は、
物理的に理解すると、「壷」の口のサイズを言っている。その程度ならば、
覗こうと思えば、覗けるので、「壷を覗くな」とか「中を覗こうとするな」とか、
規制される。無論これは、ARIONが言う「呪い」(制限)に該当。此処では、
「壷を覗くな 剣に息を吹きかけるな」という「呪い」(制限)に付随し、さらに、
「剣に竜の息を吹きかけさせよ」と命令する。ここで「竜」は、「人間の手には
負えるものでは無い」ので、「竜」の為すがままにさせるしか無いわけである。(※「竜の息」は自然発生)
為すがままにさせるしか無いので、「黙して眺めるが良い」、ということになる。
全ての「腫よう」が口を開け、「膿」を流し始める局面も、「神の御業」の一環だ。
#「闇に走る者達」の「聖なる剣」は、当然ながら、「聖なるもの」である。
#したがって、これは、言うまでもなく、「神の御業」の「しるし」に当たる。