(……まず先に前項をお読み下さい……)
「袁本杼」(継体天皇)の帝紀的記事を見ると、「三尾君」の系統から、
重ねて娘を娶っている。また、生まれてきた子は、以下の通りである。
・「三尾君等祖、名若比売」を娶る…………子は「大郎子」と「出雲郎女」
・「三尾君加多夫之妹、倭比売」を娶る……子は「大郎女」と「丸高王」と「耳王」と「赤比売郎女」
「出雲」を負う神名や人名は、此処の「出雲郎女」に限る。ところが、
「出雲郎女」の母は、「三尾君」等の祖とされ、その「三尾君」として、
「三尾君加多夫」が載る。辞書によれば、「šuš」[U](cloud over)は、(※これが「出雲」である)
「erēpu」(cloud over)の他に、「katāmu」(cover)の意味を持つ。即ち、
古事記の「加多夫」は、アッカド語の「katāmu」(cover)、と見てもよい。(※「伊那毘」(印南)などに注意)
#つまり、「須佐」の淵源の「šuš3」[IŠ]=「kuš7」[IŠ](groom)に、
#「出雲」(cloud over)の意味や「加多夫」(cover)の意味が有る。
#ところが、「kuš7」[IŠ](groom)は、「夏」も意味する。それだから、
#これらの中に、【XWA SWMQA】(赤比売、347)が定位される。
#今、「北」~「シャンバラ、もしくは冥府」~【ZKWRA】(死霊、347)。
* * *
もちろん…「šuš3」[IŠ]=「kuš7」[IŠ](groom)に、「出雲」(cloud over)や、
「katāmu」(cover)の意味が有るのだから、古事記の「加多夫」は、やはり、
当該の「katāmu」(cover)だけでなく、「kattapû」[KA.TAB](bridle)も表す。(※「馬勒」である)
