(……まず先に前項をお読み下さい……)
>伊耶那美命答へて曰はく、「然あり。善し」といふ。爾くして、伊耶那岐命詔りたまはく、
>「然あらば、吾と汝と是の御柱を行き廻り逢ひて、美斗の麻具波比せむ」とのりたまふ。
>かく期り、乃ち詔りたまはく、「汝は右より廻り逢へ。我は左より廻り逢はむ」とのりたまふ。
(※古事記上巻より)
もちろん、男女の性交も、「愛」の形である。したがって、「まことの愛」において、(※「気の巡り」である)
「まこと」は、前項のように、「makkūtu」(a type of boat)を表すが、さらに加えて、
「makūtu」(pillar)=「御柱」を表す。オカルト身体論の文脈で言う「柱」は何処か。
#引用箇所の続きを見れば、周知の通り、「久美度に興して生む子は、水蛭子なり。
#此の子は葦船に入れて流し去る」と出てくる。「makūtu」(御柱)を廻り、そのあとに
#出てくるのだから、当該の「葦船」は、「makkūtu」(a type of boat)を意識していよう。
#もちろん、「美斗」(ミト)の「美」(ミ)も、明らかに、【箕】=「makūru」(boat)を意識する。
* * *
「美」(ミ)は甲類。それに対し、「箕」(み)は乙類。しかし、掛詞としては、許容の範囲。いずれにしても、
【箕】=「nīru」(600)=「nīru」(光)=「φως」(光、1500)=【ΣLHBY十A YWRQA】(青い炎、1500)、
だから、月宿の【箕】は、「身」(み)を含意する。即ち、「月」(其麻)=「光の船」=「makūru」(boat)だろう。
翻って言えば、当該の「makūru」(boat)は、「身」(み)を含意する。即ち、【BSRA】(肉、375)を含意する.
そういう訳だから、「まことの愛」における「makkūtu」(a type of boat)も、同じく【BSRA】(肉、375)を含意。
