古事記の「枯野」について(2) | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

此の御世に、兎寸河の西に、一つの高き樹有りき。其の樹の影、旦日に当たれば、

淡道島に逮び、夕日に当たれば、高安山を越ゆ。故、是の樹を切りて船を作るに、

甚(いと)捷く行く船なり。時に、其の船を号けて枯野と謂ふ。故、是の船を以ちて、

旦夕に淡道島の寒き泉を酌みて、大御水を献る。茲の船破れ壊れて塩を焼き、

其の焼け遺れる木を取りて琴を作るに、其の音七里に響む。(…以下略…)

(※古事記下巻・仁徳天皇条より)

 

前項で述べた通り、【QLA】(甚捷行242)を承けた「枯野」(加良怒)ならば、(※「qallu」()が語源)

この命名譚の「」の結末が、【QLA】(242)であることは、必然的だろう。

 

*   *   *

 

一旦、このことを認めると、「枯野」の直後に出てくる「寒泉」に関しても、

qarāḫu」(freeze)や「qarruḫu」(ice-cold)が背後に読み取れるし、また、

焼塩」に関しても、「qarû」(roast)が読み取れる。逸話の最初のほうの、

其樹之影、当旦日者、逮淡道島」についても、やはり「」という動詞が、

detain」や「arrest」の意味も持つ「kalû」(hold)を表す。こう言えるはずだ。

 

#さらに、「以是船、旦夕酌淡道島之寒泉」という記述に於いては、

#この「」の動作において用いる「kallu」(kind of bowl for liquids)、

#あるいは、「kallānu」(kind of bowl for liquids)が読み取れるだろう。

#即ち、此処で、「枯野」(カラノ)を承けて「kallānu」()が描かれる。(※名詞の「」は「」の意)

 

*   *   *

 

このような考察を見て、どう思うかは、人それぞれだ。しかし、

虚心坦懐に見れば、古いSemiticであるAkkadianの重要性が

自ずから認識されるだろう。「枯野」(カラノ)という名前の船は、

つまり、淡道島の「寒泉」を酌む際の「kallānu」()に由来する。(※楔形文字は[BUR.ZI.GAL])

そう考えるべきである。その「kallu」()に由来する船舶なので、

その材料が淡道島を「kalû」(hold)し、帰結は、【QLA】(242)。

少なくとも、10年前の記事と比べて確実に進んでいるはずである。