古事記の「本牟智」について | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

「二俣榲」を「二俣小舟」に作って、「市師池・軽池」に浮かべ、

御子の「本牟智和気」を率いて遊んだ。こういう話が出てくる。(※主語は垂仁天皇)

 

*   *   *

 

ところが、日本書紀では、「去来穂別」(履中天皇)が、

「両枝船」を「磐余市師池」に浮かべ、妃とともに遊宴。

履中天皇は、【翼】の天皇であり、「isḫu」(wing)を含意。

ḫamāti」(help)を含意。この場合に、記の「本牟智」は、(※「ḫamâtu」(help)とも載る)

一つには、当該の「ḫamāti」(help)を表すのではないか。

もともと「ḫamāṭu」(burn up)を表すことは言うまでも無い。

 

#さらに言えば、特に「軽池」については、「軽」(カル)が、

#「kar」[TE.A](save)を表す。そういうことになりそうだ。

#「ekēmu」(take away)≒「伊久米」についても要注意。(※「rescue」の意味あり)