「品陀和気」と「本牟智和気」の名前が似ていることは、
だれの耳にも明らかであり、「本牟智」は、以下の通り。
>今、火の稲城を焼く時に当りて、火中に生まれましぬ。
>故、其の御名は本牟智和気御子と称ふべし。
(※古事記中巻の「沙本毘売」の台詞)
【XM十A D・NWRA】(the heat of the fire、935)などを見れば、(※定型表現)
当該箇所の「本牟智」は、【XM十A】(heat、561)と見るのがよい。
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一方で、「大鞆和気」の亦名が「品陀和気」であり、この「大鞆」の由来は、
「初め生まれましし時に、鞆の如き宍、御腕に生ひてありき」ということだ。
御腕の「鞆の如き宍」は、実態としては、【XMΘA】(腫れもの、71)だから、
此処で、「大鞆」の言い換えが、【XMΘA】(腫れもの、71)になるのである。(※シリア語の残像を参照)
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以上は、10年前に既に結論していたことだが、次のようなことがある。
「品陀和気」(応神天皇)は、【星】=【M】=「五十」に当たる。ところが、
島生み・国生みで言えば、「大倭豊秋津島」に当たる。これも、重要だ。
と言うのは、「秋」(あき)の淵源は、「a-ĝi」(flood wave)である。そして、(※既稿を参照)
その「agû」(アッカド語)は、「wave」とともに、「anger」(怒り)を意味する。
【XM十A】(heat、561)も、比喩的に、「rage」(憤怒)を意味するのである。(※辞書に載る)
#即ち、【XM十A】(heat、561)は、「agû」(アッカド語)を含意し、
#したがって、「a-ĝi」(flood wave)を含意する。「秋」(あき)を。
#つまり、「品陀」は、【XM十A】(heat、561)を含意するのだ。
#今、【XM十A D・NWRA】(the heat of the fire、935)は、
#【XMΣMAA】(五十、539)に繋がる。その点に要注意。(※【KW十A】(梟、539)にも注意)