★荻原浅男・鴻巣隼雄(校注・訳者)『古事記 上代歌謡』(日本古典文学全集、小学館、1973)76頁
ウケヒはあらかじめ神に事の結果を誓っておいて、そのとおりの験(しるし)が現われるか否かで神意を知る卜占の一種。判定の方法はさまざまであるが、この話の場合は生まれる男女の性別による方法がとられた。『日本書紀』では「誓約」の語を用いる。
★倉野憲司『古事記全註釈』(三省堂、1976)第三巻上巻編(中)18頁
ウケヒは四段活用動詞の連用形。下文に「宇気布時」と連体形が見えてゐる。ウケヒとは、吉凶黒白真偽成否等を判断する場合に、必ずかくあるべしと心に期して行ふ行為をいふのであるが、卜占的性質のいちじるしいものである。書紀には「誓」・「誓約」・「祈」などの漢字が当てられて居り、「誓約之中、此云宇気譬能美難箇」・「祈狩、此云宇気比餓利」などとある。さうしてウケヒはチカヒ(誓・盟)とも密接な関係がありまたトコヒ(呪詛)とも相通じる性質を有してゐたのである。
★西宮一民『古事記』(新潮日本古典集成、新潮社、1979)46頁、「うけひて子生まむ」の頭注
あらかじめ神に誓約したとおりの結果が現れるかどうかで、神意を占うこと。古代卜占の一種。
最後の西宮氏のものは、「うけひ」に注を付けているのか、「うけひて子生まむ」
という台詞全体に対し注を付けているのか、判然としないが、他のものを見ると、
おそらく西宮氏も、「うけひ」という言葉に注を付けているものと想像できるだろう。
* * *
ここで大事なのは、「事前に宣誓すること」が「うけひ」ではなく、各者とも、
「事前に宣誓し、そうなるかどうか試すこと」までを含めて「うけひ」と見る。
そういう説明になっている点だ。しかし、倉野氏の説明の後半にある通り、
「うけひ」は「ちかひ」や「とこひ」と相通じる言葉である。仮にそうであれば、
「ちかふ」等に通底する「うけふ」は、「事前に宣誓すること」と言えるだろう。
実際に、時代別国語大辞典上代編の「うけひ」の項は、[誓約]の漢字を付し、
「ある事柄の実現を祈誓すること。誓(ウケ)フの名詞形。…以下略…」と説明。
私は、「宇気の言葉を言うこと」が「宇気比」と説明した。もっとも、このときには、
「宇気」が不明瞭(未詳語)になってしまうのだが、とにかく占うことを目的として、
事前に宣誓することが「宇気比」という点は、はっきりしておいたほうが良かろう。
#なぜ古事記の注釈になると、「事前に宣誓し、そうなるかどうか試すこと」
#までを含めて、「うけひ」と捉えるのか。このことについて次項で説明する。