>故、其教覚、従其八咫烏之後幸行者、到吉野河之河尻時、作筌有取魚人。
>尓、天神御子問、「汝者誰也」。 答白、「僕者国神、名贄持之子」。
>《此者阿陀之鵜養之祖。》
(※古事記より)
後段において「鵜養が伴、いま助(すけ)に来ね」と呼ばれ登場するのが、
ほかでもない「迩藝速日」(ニギハヤヒ)であり、いわゆる国譲りの段では、
「櫛八玉神」として登場し、「鵜」に化身して、「海底」に入り、「波迩」を咋ふ。
この「鵜」に化身する「櫛八玉神」は、「迩藝速日」(ニギハヤヒ)に他ならず、
加えて当該人物は、「阿陀」の「鵜養」の伴(友)なのである。「阿陀」は地名。
#この地名の「阿陀」は、間違いなく「ada」(父)を言う。【ABA】(父、2・3・2)を言う。
#即ち、「aba」(阿麻)=「海」(ポセイドン)を言う。その際、「迩藝速日」の「迩藝」は、
#「νίκη」(勝、88)であり、【KWKBA DHBA】(金星、88)である。さらに見ると、
#当該の【KWKBA】(星、72)は、【YMA】(海=“阿麻”、72)を構成するという話だ。
* * *
「八咫烏」において、「八咫」(八阿多)の「咫」(阿多)は、「ada」(父)を含意する。
【ABA】(父、2・3・2)を含意する…「aba」(阿麻)=「海」(ポセイドン)を含意する。
したがって「八咫」(八阿多)は、「八阿麻」(ヤマ)=【YMA】(八阿麻、72)を表す。(※既稿を参照)