>故、随詔命而、参到須佐之男命之御所者、
>其女須勢理毘売出見、為目合而、相婚、
>還入、白其父言「甚麗神来。」
(※古事記より)
>於是、其妻須世理毘売者、持喪具而哭来、
>其父大神者、思已死訖、出立其野。
(※古事記より)
古事記の「父」は、先ず最初に、「須勢理毘売」の父として現れる。
「須佐之男」である。大事なのは、「須勢理」という語のニュアンス。
「火照/火須勢理/火遠理」の並び順ゆゑ、「須勢理」という語は、
少なくとも古事記では、最も盛んな状態(季節で言うならば夏)、だ。(※既稿を参照)
「須佐之男」の、「須佐」という語は、「須勢理」に重なるように在る。
仮に「須佐」が、最も盛んな状態(季節で言うならば夏)を表すなら、(※「遊び」の「遊」も同じ)
当該の「須佐之男」が、「須勢理毘売」の【ABA】(父、2・3・2)として、
登場するのは、【QYΘA】(夏、232)を強調する意味を持っていよう。
#もちろん…【ABA】(父、2・3・2)は、「aba」(海)を含意する。(※「湖」も「海」も意味する)
#三貴子が生まれた際、「伊邪那伎」は、「須佐之男」に対し、
#「汝命者、所知海原矣」と詔を下す。元来、「須佐」の男には、
#【ABA】(父、2・3・2)≒「aba」(海)の属性が、付随するのだ。
#この属性は…「海佐知毘古」(隼人阿多君)に受け継がれる。(※「ada」(父)に注意)
#「父」として現れる「須佐之男」の神格は、「海」(ポセイドン)だ。