(……まず先に前項をお読み下さい……)
まず、火が燃えるプロセスを日本書紀の本文に即して確認する。
最も分かりやすいのは、第九段の一書第三と一書第五であろう。
火が燃える過程に於いて、その最後の段階は、「避火炎時」とか、
「避火熱時」とか、表現される。此処に、「火火出見」が配当される。
火が燃えるプロセスから見る限り…“その次”は、ないはずである。
実際…第九段の正文を除けば、すべて末弟は「火火出見」なのだ。
* * *
唯一の例外が、第九段の正文である!! 「始起煙末生出之児」として、
「火闌降」を記し、「次避熱而居生出之児」として、「火火出見」を記し、
言わば無理やり(?)、「次生出之児」として、「火明」を記す…その際、
この「火明」は、火が燃える過程の埒外である。そういう「火明」に対し、
「是尾張連等始祖也」とする。正文の「火明」の位置づけは、妙である。
ここで、あらためて日本書紀の「火明」の記述箇所を確認するならば、
第九段の正文と、一書第二・第三・第五・第六・第七・第八。この中で、
「次火盛時生児」とか「初火燄明時生児」とか「其火初明時躡告出児」、
と記述される「火明」は、結果的に、「尾張連」に結びつけられていない。
「尾張連」の祖に作るのは、上述の正文と、「瓊瓊杵」の兄の場合のみ。(※一書第六と第八)
#以上から見れば、「尾張連」は、日本書紀に於いて、
#自らの祖が「火明」という名であることを主張するが、
#その「火明」を、火が燃える過程に位置づけるものは、
#退けてゐる…このように理解できる。何故なのだろう。