「登美毘古」の「登美」について | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

古事記では「登美能那賀須泥毘古」、或いは単に「登美毘古」に作る。
日本書紀では「長髄彦」。ところが、神武天皇が「鵄瑞」を得たことから、
「長髄」(ながすね)を「鵄」(とび)と呼び、これが「鳥見」(とみ)に訛った。
此のように記す。それに従えば…「登美」(とみ)は、「鴟」という話である。