「登美毘古」の「登美」について古事記では「登美能那賀須泥毘 古」、或いは単に「登美毘古」に作る。日本書紀では「長髄彦」。ところが、神武天皇が「鵄瑞」を得たことから、「長髄」(ながすね)を「鵄」(とび)と呼び、これが「鳥見」(とみ)に訛った。此のように記す。それに従えば…「登美」(とみ)は、「鴟」という話である。