まとめれば、「咫」(掌のスパン)は「ūṭu」だが、ダイレクトに「うつ」とは訓まない。
「nadû」(打つ)を含意し、「那杼」(何と)を含意するから、「atā」(MNA?)と訓む。
トートロジーにならないように、自己完結しないように、一つ二つ掛けて読むのだ。(※訓読の流儀)
#「咫」(阿多)という訓読は、単に【鬼】=【K】=「掌」を示すだけでなく、
#【BWTA】(Pusya、112)~【MNA】(那杼、112)~【MNA】(髪、112)、(※「siki」(髪)である)
#というゲマトリアまで内包することとなる…そういう理に適った訓読だ。
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「咫」(掌のスパン)は、【鬼】=【K】=「掌」である。
この【BWTA】(Pusya、112)は【MNA】(髪、112)。
【MNA】(atā、112)を含意するから、「阿多」と訓む。
このように説明すれば、よりシンプルな説明になる。