>於是大国主神、愁而告「吾独何能得作此国 、孰神与吾能相作此国耶。」
>是時有光海依来之神、其神言「能治我前者、吾能共与相作成。若不然者、国難成。」
>尓大国主神曰「然者、治奉之状奈何。」
>答言「吾者、伊都岐奉于倭之青垣東山上。」
>此者、坐御諸山上神也。故、其大年神、(…以下略…)
(※古事記より)
前項の引用に見える仮説の通り、アッカド王国の時代に、年の始まりを
「I-ku」(Capella)の位置で決めていたならば、「坐御諸山上神」を承けて、(※「御諸」は「御者座」を示す)
「其大年神」と記述するのも、言わば当然である。「光海依来之神」という
描写に関しても、そもそも「I-ku」(光)の意味を反映したものと理解できる。
#「海を照らし依り来る神」だから、もちろん、此処には、「海照」(阿麻氐留)が、
#表現されている。「Capella」の別名の「Amalthea」(阿麻留氐)を意識している。