「味」の倭訓について | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

既に理解していれば、同じことの繰り返しと感じるだろうが、
念を押しておこう。最初の天皇として、記載されているのは、
「神倭伊波礼毘古」である。漢風諡号は、後に「神武」と命名。(※「神」の字音は「ディン」)

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この「神武」(ディンム)は、【十QLW】(建、749)を意識しつつ、「dím-ma」(judgment)を、
表したものである。【ΘOMA】(discernment、142)を。つまりは、【ΘOMA】(味、142)を。
つまりは、【ΘOM十A】(味、642)を。然るに、「味」の倭訓の一つは、「あぢ」(AD)である。
【ADM OPRA】(伊波礼毘古、529)が、【YWRQA】(いるか=“青”、529)を表す事実に、
よく整合する。なぜならば、いわゆる神武天皇は、元はと言えば、「海豚」(AD)なのだから。

#「伊波礼毘古」(神武)が、月宿の【虚】(とみて星)であるのは、
#記紀に共通する大前提の基本設定で、要するに神武天皇は、
#【ΘOM十A】(とみて=“味”、642)…「海豚」(AD)ということだ。
#【ADM OPRA】(イハレ彦、529)は、【YWRQA】(青、529)だ。(※これはSyriacである)

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以上を咀嚼するならば、【ΘOM十A】(とみて=“味”、642)という星、(※これはSyriacである)
つまり「海豚(いるか)座」が、シュメールで言うところの「AD」だから、
漢字の「味」(taste)が、「あぢ」と訓まれることになった。こういうこと。(※逆の可能性も有ろう)
「味」(あぢ)とは…【ΘOM十A】(とみて=“味”、642)という星を言う。
もちろん、「味」(うまし)という形容詞は、「umuš」(judgment)に基づく。
したがって、「味」の二つの倭訓は、いずれもSumerianという話である。