全体ないし前接部分が音仮名で記されるとき、「日子」や「別」は、
「比古」(毘古)や「和気」に作られる。これらは固有性は持たない。
垂仁天皇の「伊理毘古」も、その類であり、まずは「入日子」だろう。(※「入」は「西」を示す)
古事記の天皇において、これ以外の仮名表記は、列挙する通りだ。(※今日のカタカナ表記に近い)
・神武天皇の「伊波礼」……【OPRA】(塵、472)
・孝昭天皇の「訶恵志泥」……【XWSNA】(defence、148)
・孝霊天皇の「賦斗迩」……【P十NA】(蝮、652)……【BΘNA】(conception、75)
・孝元天皇の「玖琉」……【GR】(牽、304)
・開化天皇の「毘毘」……【ABWBA】(pipe、17)
・崇神天皇の「印恵」
・垂仁天皇の「伊久米~伊佐知」……【YKM】(黒い、100)……「isatis」(藍)
・景行天皇の「淤斯呂」
・応神天皇の「品陀」……【XMΘA】(瘤、71)……【PMΘA】(五、152)
・履中天皇の「伊邪本」……【OZP】(金を精錬する、178) ←【DHBA】(金、16)に注意
・顕宗天皇の「袁祁」
・仁賢天皇の「意富祁」
・継体天皇の「袁本杼」……「woad」(藍)……【QNOA】(藍、342) ←「isatis」(藍)に注意
・欽明天皇の「波流岐」……【PRXA】(飛行、401)
#「袁本杼」が「woad」(大青)だとすれば、これは印欧語であり、少し異質。
#しかし「玄」(五×五)~「黒」で、そのシンボルは【DBA】(熊、10)である。(※【参】=【Θ】=「十」に注意)
#しかも、【NYNGA】(藍、146)~【HWLA AWKMA】(黒いもの、146)だ。(※【YKM】(伊久米、100)に注意)
#そのうえ、意味の点でも「袁本杼」(woad)は「伊佐知」(isatis)に他ならぬ。
#こんなわけで、「袁本杼」が「woad」(大青)という比定は頑として動かない。(※但し、後述の通り)