「飛鳥」の倭訓の淵源とは | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

矢野道雄氏の『密教占星術』は、漢訳仏典の訳語としての各宿
(実質的にナクシャトラ)に対し、西洋の星座を次のように充てる。

 ・【室】……ペガスス座のα星、β星
 ・【壁】……ペガスス座のγ星、アンドロメダ座のα星

この二つの宿は、舍頭諫経で「前賢迹」と「後賢迹」に作られる。(※別ブログを参照)
梵語の「bhādrapadā」が「賢迹」と訳されており、これに鑑みると、
「室月」(Bhādrapada)は、舍頭諫経方式で表せば、「賢迹月」だ。
この月(month)は、中国・日本の太陰太陽暦の「八月」に当たり、
それは西洋占星術で言う「おとめ座」(少女宮)に当たる。ならば、
【B十WLA】(少女、552)と梵語の「Bhādra」は、本来同根である。(※これはアカデミズムで論じるべきこと)

*   *   *

ここまでは、既に五年前には完全に分かっていたことだが、
今あらためて取り上げるのは、Sumerianも関係するからだ。
ムル・アピン星表では、上述の二つの宿(室と壁)の範囲は、
AS.IKU」(アッカド名Iku)となっており、かなり決定的である。

と言うのも、そもそも「海豚座」は、仲秋の見頃の時間帯に、
南中する星として知られていた。その月宿の【虚】について、
摩登伽経は「形如飛鳥」(形、飛ぶ鳥の如し)と記す。ならば、
「飛鳥」の倭訓の「あすか」は、「AS.IKU」の音韻変化なのだ。(※意味は「野」とされる)

#つまりは、「賢迹」の月、言い換えれば「AS.IKU」の月。
#その月(month)の満月の日(いわゆる仲秋の名月)に、
#東に大きな満月を認めつつ、南方の「海豚座」を仰いだ。
#この「飛ぶ鳥」の如き星々(何故そう見たか不明)に対し、(※【PRX十A】(鳥、901)に注意)
#当該の月(month)を規定する名称の“AS.IKU”で呼んだ。
#一応そのように理解できる。おそらくSyriacの文化圏では、
#この「AS.IKU」を、自分達の「アスカ」という言葉で追認した。(※それにより意味が付加される)
#そこまで含めた「アスカ」が、日本に言葉として流れ着いた。(※漢訳仏典の理解の枠組と共に)