「師木県主」の祖は「河俣毘売」。その兄が「県主波延」。そして、
近稿の通り、「波延」は、波の「延へ」(蝿)を含意する。この場合、
もちろん、系譜上の「蝿伊呂杼/蝿伊呂泥」の「蝿」も同様だろう。(※「五月蝿」(南風)に注意)
* * *
古事記は、日本書紀の「百襲姫」の系譜を示すことに余念がない。
【HW十A】(富登、515)を突いて、「大市」に葬られる。この背景を、
詳らかにする。【KRKYDA】(梭、387)~【ARBOA】(四、387)~
【NQW十A】(各田、769)~【AMRA】(羊、354)~「im-ulù」(蝿)。(※「蝿」は「南風」の意)
「師木」(siki)の系統、つまり、「志賀」(si-ga)の系統は、要するに、
「五月蝿」(南風)の系統であり、【ΘB十A】(善、515)の系統であり、(※【心】(5月15日)に注意)
【HW十A】(富登、515)の系統である。【十HWMA】(深淵、565)の。
#【女】に当たる人物は「葺草」を負う。「福草」(三枝)に読める。
#この一方、【心】(ש)も、「三枝」(由理)である。その「由理」は、
#「ki-uri」(キュウリ)の「uri」(瓜)を含意する…「県」(Akkad)を。
#【HW十A】(富登、515)は、【心】(5月15日)だが、かつ同時に、(※「心月」(五月)を定義する)
#【十HWMA】(深淵、565)は【YRXA BN十A】(女月、896)だ。(※【ΣWΣNA】(素戔嗚、869)に注意)