>故是以、其速須佐之男命、宮可造 作之地、求出雲国、尓到坐須賀【此二字以音、下效此】地而詔之
>「吾来此地、我御心須賀須賀斯而。」其地作宮坐、故其地者於今云須賀也。
>茲大神、初作須賀宮之時、自其地雲立騰、尓作御歌、其歌曰、
> 夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微尓 夜幣賀岐都久流 曽能夜幣賀岐袁
(※古事記より)
先ず【十LY十YW ZWWGA】(third marriage、1115)を見れば、(※「三角に結んだ契り」に当たる)
「出雲八重垣」の場面の「須賀須賀斯」という言葉が思い浮かぶ。
そのように言いつつ、当該の【ZWWGA】(婚姻、28)を顕彰しよう。
#ところが、その【ZWWGA】(婚姻、28)は、九進法に直すと、
#【ALPA】(千、134)である。【QRYB十・Y】(1043)に繋がる。(※【ALPA】(船、134)でもある)
#雅歌において、【ΣWΣNA】(山由理草、869)に譬えられる。
#ならば「須佐之男」は、【ΣWΣNA】(山由理草、869)を含意。