>かーごめ かごめ かごの中の鳥は いついつ出やる
>夜明けの晩に ツルとカメがすべった 後ろの正面だぁれ?
前項を踏まえれば、「ツルとカメ」と謡わずに、「ツルツル」という形で、
「弦」だけを謡っても、それは、【AWKMA】(玄、91)を言うわけであり、
十分だろう。その魔方陣の「一」には、結局は、「玄亀」が照応するから。
一方、【PRX十A】(鳥、901)~【角】(9月1日)~【SΘAKY】(Spica、132)。
そうである以上、「籠の中の鳥居」(1320)が「Spica」(132)を表すだけでなく、
「籠」(430)の中の「鳥」(901)も、結局は「Spica」(132)を表すという話である。
#但し「鳥」(トリ)は、「終わり」を意味する「トリ」との掛詞。したがって、
#【KSKR】(籠、430)の中の「鳥」(トリ)を謡う場合、【畢】(4月30日)も、
#念頭に在り、さらにまた、【NWNYA BYL】(年魚、212)も念頭に在り、
#【MOYNA】(黄泉、212)も念頭に在り、「七」(ヨミ)も念頭に在る。ここで、
#【D・B・KSKR】(籠の中の、438)~【ΣBO】(七、483)という連鎖に注意。
* * *
上述の【AWKMA】(玄、91)が理解できれば…「いついつ」(when、when)が、
「五×五」を示唆することも明白だろう。「三四五の直角三角形」の「五」である。
「いついつ」(五×五)から、「ツル」(弦)や「ツルカメ」(玄亀)への接続は自明だ。
この「いついつ」(五×五=廿五)は、九進法に置き換えれば、もちろん「七百」で、
「七百」に当たる【NYNGA】(迩迩藝=“藍”、146)も、【XMΣA】(五、461)を示す。
もちろん、【XMΣA】(五、461)~【AB】(アブ、5)~【SΘAKY】(Spica、132)と連結。
こういう訳だから、「晩に」の部分を、「番人」とするものが有るのも、理解の枠に入る。
「晩に」と謡いつつ、「番」の【NYNGA】(迩迩藝=“藍”、146)も念頭に置いているのだ。
#結局のところ、「かごめ」は「籠女」と理解できる。なぜならば、
#【AN十十A】(女、1064)そのものが、【NYNGA】(藍、146)に、
#通底するからである。一つの言葉に重層する言葉を忘れれば、
#全体の意味が分からなくなる。この点は、神話も童謡も同様だ。