最もポピュラーな表記で書くと「三輪山」であるところの山は、古事記には、
「御諸山」と出てきて、更に「美和山」と出てくる。一般に、前者は「ミモロ」に、(※雄略紀には「三諸岳」と出てくる)
後者は「ミワ」に訓んでいる。しかし…既稿の通り、「美和」という仮名表記は、
此処では、【MHWA】(being、65)という言葉の音写である。古写本の傍点が、
ことごとく「ミハ」である点に留意すべきだ。そもそも、【MHWA】(being、65)は、(※ARIONは音形を「ミューア」と再現)
「~である」という意味の動詞、【HWA】(be、15)、の分詞形であり、この点から、
「御諸」という表記は、【MHWA】(being、65)のダイレクトな表記と見るのが良い。
即ち、「ミモロ」(御諸)と訓むのではなく、此処では、「ミハ」(御諸)と訓むのである!!(※「御諸」も「美和」も「ミューア」)
少し難しい話だが、此処で「諸」に作る字は、「諸」の本字か、「者」の異体字か、(※増画パターン)
という問題が有る。たとえば古事記に「八苽之白日子」とある…「苽」に作る字が、
「苽」の本字であれば、「菰」(コモ)の意味だが、允恭紀には「矢釣白彦」とあって、
当該箇所では、「瓜」(ウリ)の異体字と判る。それと同様に、「御諸山」の箇所では、
「諸」に作る字は、「者」(ハ)の増画パターンの異体字と見るのが良い。「者」(ハ)は、
しばしば「○○ハ、~である」という文脈で、「故、其一尋和迩者、於今謂佐比持神也」
というように、正しく【HWA】(be、15)の意味で用いられる。即ち、「AはB」と言うさいの、
日本語の助詞の「は」…これは偶然にも(?)、シリア語の【HWA】(be、15)と全く重なる。(※係助詞である点に注意)
#さて、以上を理解すれば、実は、「御諸山」(美和山)の「御諸」(美和)は、
#【MHWA】(ミューア、65)という言葉を表しつつ、「御者」(ギョシャ)を表す、(※「Auriga」(御者座)を表す)
#ということが判るだろう。一方、【MRYA HWLA RBA】(大物主、732)は、
#【RKΣA】(馬、732)と全く重なる。そうすると、古事記の「美和之大物主」は、(※即ち「御諸之大物主」は)
#【RKΣA AWRGA】(斑馬、1047)に比定されよう。【AWRGA】(斑、315)が
#「Auriga」(御者座)を表すからだ。「美和之大物主」は「富登」を衝く。その一方、
#「天斑馬」を堕とし入れる時に「天服織女」が驚いて「陰上」を衝く。神話の中でも、
#どちらも「ホト」を衝くことに関わる。このように同じモチーフが踏襲される点からも、
#「御諸之大物主」(美和之大物主)は、【RKΣA AWRGA】(斑馬、1047)と言える。
#当然、「者」の異体字としての「諸」(言の者)は…【ML十A】(言の葉、592)との掛詞。
#【RKΣA AWRGA】(斑馬、1047)は、【DMYAS】(デニアス、147)に通じる。語根は
#【DMY】(己が血、75)である。【ML十A】(言葉、592)は【YWRQA】(入鹿、529)を表し、
#「Dhanistha」(虚宿=イルカ座)を表す。ARIONは、「我が言葉は空しくされ」云々と嘆き、(※「虚しくされ」に同じ)
#四神相応に詳しく触れた旧稿の通り、ゼカリヤ書の【RKΣA AWRGA】(斑馬、1047)も、
#黙示録の【SWSYA YWRQA】(青い馬、698)に当たる。【ΣWΣNA】(スサノヲ、869)だ。
#だから…【ΣWΣNA】(スサノヲ、869)が【RKΣA AWRGA】(斑馬、1047)を堕とし入れる。