「善悪」という概念は、なかなか、扱いが難しい。「善」というものは、
勧められるものを言う。「悪」というものは、勧められないものを言う。
だとすれば、「善」は増えるべきものだし、「悪」は減るべきものだろう。(※あくまでも現代的な文脈での話)
そういう話から考えれば、「悪」に認定された者…いわゆる悪者は、
そして、その悪者に心情的に与する者は、汚名を返上したいと思う。
これは至って当たり前のこと。最初に其処のところは押さえておこう。(※あくまでも現代的な文脈での話)
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押さえたうえで、機械的な預言解読の作業に戻れば、或る者に対し、
これを、【BYΣ十A】(悪、925)と見なせば見なすほど、この或る者に、
【RBYOY十A】(fourth、925)としての属性も、あからさまに賦与される。
此の意味で…日本の神話の構成に於いて、「大宜都比売」という存在は、
殺されるほどの悪神として、ないしは殺されるべき悪神として、描写される。
これは、いわゆる「バアル神」が善神か悪神かという絶対的な命題では無く、
悪神として描かれる「バアル神」というコンテクストを踏襲しているわけである。
正確に踏襲していればいるほど、この踏襲しているテクストは神典に相応しい。
#前々項で見た様に、【BOLA】(バアル、125)は【翼】(2月15日)を表し、
#「翼月」(如月)を表す。太陽占星術の【NWNYA】(双魚宮、149)であり、
#月宿の【奎】である。ところが、そもそも【奎】=【G】=「四」である。だから、(※「粟国」(大宜都比売)に当たる)
#【BOLA】(バアル、125)という存在が、徹底的に【BYΣ十A】(悪、925)に、
#見立てられる。つまり、【RBYOY十A】(fourth、925)の属性が、賦与される。(※その神殿を破壊する等々)
#翻って、ARIONの文脈は? 「アマテラスの義弟たち」は「四国」に逃げ隠れ、
#そのことに因り、「四」という数字に【BYΣ十A】(悪、925)の属性が賦与される。
#“モノガタリ”(storytelling)は、歴史そのものでは無い。その点を強調しておこう。
#【BYΣ十A】(悪、925)の称号は必要欠くべからざるものとして、在る位置に在る。
#これを、もし勝手に書き直してしまったら、それこそ真実は闇の中に消え去るのみ。