古事記は「因此八島先所生、謂大八島国」に作る。日本書紀も同様である。
この数え方は、「二・三・四・五」を、まとめて「二」と数え、「六」を、「三」と数え、
「七・八・九・十」を、まとめて「四」と数え、「二十」を、「五」と、「三十」を、「六」と、
「四十」を、「七」と、そして最後に、「五十」を、「八」と数えている。そういう数え方。
・綏靖(一)…………(一)……【危】……「淡道之穂之狭別島」
・安寧(二)…………(二)……【室】……「伊予国」(愛比売)……A ← 「アイ」に対応
・懿徳(三)…………(三)……【壁】……「讃岐国」(飯依比古)……B ← 「デニアス」に対応
・孝昭(四)…………(四)……【奎】……「粟国」(大宜都比売)……G ← 「ゼビアス」に対応
・孝安(五)…………(五)……【婁】……「土左国」(建依別)……D ← 「デ」に対応
・孝霊(六)…………(六)……【胃】……「隠伎之三子島」(天之忍許呂別)……H
・孝元(七)…………(七)……【昴】……「筑紫国」(白日別)……W
・開化(八)…………(八)……【畢】……「豊国」(豊日別)……Z
・崇神(九)…………(九)……【觜】……「肥国」(建日向日豊久士比泥別)……X
・垂仁(十)…………(十)……【参】……「熊曽国」(建日別)……Θ
・景行(二十)……(十一)……【井】……「伊岐島」(天比登都柱)……Y
・成務(三十)……(十二)……【鬼】……「津島」(天之狭手依比売)……K
・仲哀(四十)……(十三)……【柳】……「佐度島」……L
・応神(五十)……(十四)……【星】……「大倭豊秋津島」(天御虚空豊秋津根別)……M
要するに…月宿の【星】(師子宮)を、【十MNYA】(八、632)と数えることにより、
この月宿の【星】(師子宮)を、【十YMNA】(南、632)に位置づけているのである。(※星曼荼羅の最も標準的な配置)
アリオン預言の「獅子の門」は、既稿の通り、日本で普通に言うところの「大伴門」。
月宿の【星】(師子宮)に当たる「大鞆和気」(応神天皇)は、明確に「大伴門」を表す。
#平安時代の具注歴に、「日」(太陽)を表す言葉として、「みつ」乃至「みち」が出てくる。
#これは、ソグド語に由来するとされる(通説)。その正否はともかく…日本書紀において、
#「大伴氏」の遠祖は「日臣」とされ、「能導之功」により、「道臣」と改名される。この記述も、
#「日」(太陽)が「みち」(道)という言葉で表し得ることを念頭に置いた記述だろう。詰まりは、
#平安時代の具注歴に出てくる「みち」という語は、結局は日本書紀の「道臣」の「道」が初出。(※前後に「密」の文字も)
#もしソグド語に由来するとすると、既に日本書紀の編纂の時点に於いて倭語化しているので、
#原語の外来の時期は、それより一定程度は遡ると見なければならない。かなり重要な問題だ。