日本書紀は西暦紀元を記している | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

日本書紀の紀年は、巻三(神武紀)から巻六(垂仁紀)までと、巻七(景行紀)以降が、
分裂している。である以上、「垂仁──景行」という系譜は、完全な造作である。よって、
垂仁紀中、景行天皇の記事のみは、景行紀以降の紀年(通常の紀年)に従うのがよい。

  ・垂仁15年……西暦320年。8月1日、日葉酢媛を皇后に立てる。          ← 通常の紀年ではBC15年
  ・垂仁17年……西暦322年。(日葉酢媛が大足彦尊などを生む)          ← 通常の紀年ではBC13年
  ・垂仁30年……西暦335年。1月6日、大足彦尊に「汝必継朕位」と詔曰。     ← 通常の紀年では西暦1年
  ・垂仁37年……西暦342年。1月1日、大足彦尊を立てて皇太子とする(21歳)。  ← 通常の紀年では西暦8年

ひとまず垂仁30年の「大足彦」の記事は、通常の紀年において西暦1年であることを
あらためて確認しておく。ここで仁賢紀に「億計天皇、諱大脚」と特筆されていることも、
当然の如く注目される。なぜなら、「大足」~「大脚」~「イエス」という連鎖が在るからだ。

#「大脚」(億計天皇)は月宿の【尾】。そして…【十W】(Taw、507)は【Y∑WO】(イエス、507)。
#つまり垂仁30年の「大足」(景行天皇)の記事は、所謂イエスに因み、その紀元を示す記事だ。