天武・持統陵の意味合いは 明快である。藤原宮の南方を意識した立地は、
当然ながら、魔方陣の「一」を意識したものだろう。ダニエル書7-5において、
その魔方陣の「一」には、【DBA】(熊、10)が配される。これは、月宿の【参】。(※照応表を参照)
自身が【参】であることを意識し、天武の陵地も、魔方陣の「一」に選定された。
この天武の妻である持統は、月宿の【井】であり、その数字は「廿」だが、
【OSRYN】(廿、530)は【ΘY十】(これは【Θ】の綴り、530)に完全に同じ。
アリオンの言う「一〇を分けた二〇であれば均衡状態」、の現出を意図して、
持統は、天武陵に合葬された…天武・持統陵は、まさしく“均衡状態”なのだ。
#もちろん、八角形墳の初出が天武・持統陵であるかどうかは
#何とも言えないが、初出であろうがなかろうが、当該の古墳が、
#八角形の形状を持つのは、【十YMNA】(南、632)に依拠しよう。
#此の【十YMNA】(南、632)が【十MNYA】(八、632)を表す以上。
#「一か八か」の問題ではない。即ち、魔方陣の「一」のポジションに、
#敢えて八角形の形状を提示することにより、「南」も強調されるのだ。