初期天皇の系譜を見れば、いわゆる末子相続の形態を採っている。その意味で言うなら、
「天照」と「湏佐之男」のウケヒで生まれた三女五男のうちの末子に当たる「熊野久湏毘」が、
重要である。「湏佐之男」から「熊野久湏毘」へ。或る意味で、これが正統なる王権の系譜だ。
日本書紀を見ると、この「熊野久湏毘」は「熊野大角」にも作られる。「久湏毘」は「大角」だろう。(※旧稿を参照)
* * *
然るに、訓点資料から見る限り、この「久湏毘」は「鐃」である。(※時代別国語大辞典上代編)
「鐃者、如鈴無舌、有柄、執鳴之而止撃鼓也」(令集解喪葬)と、
出ている。「鉦」あるいは「銅鑼」のようなものらしい。当然それは、
「奴弖」(noteに通じる言葉)に関係…「奴弖由良久母」と謡われる。(※古事記歌謡110番)
「ゆらく」は四段活用の自動詞。この他動詞が「ゆらかす」。
そもそも「ゆら」は鈴などが揺れ、触れ合って音が出る様子。(※擬声語とされる)
但し「散る>散らす>散らかす」という派生などから考えれば、
「ゆる>ゆらす>ゆらかす」という派生が理論的に想定可能だ。
上代に用例は認められないが、「ゆる」という四段自動詞の連用形は、
「ゆり」である。即ち、「久湏毘」は「ゆらく」ものであり、「ゆり」とも言える。
もちろん、その「ゆり」は【ΣWΣNA】(山由理草、869)に通じる。しばしば、
その「由理」が「百合」に作られるのも、「大角」が「百」の数価を持つからだ。
#中国の「大角」という星は、インドで言う「Svati」だが、
#これを摩登伽経や宿曜経は、中国の宿名を流用して
#【亢】に作る。【亢】=【T】=「百」である。そういうわけで、
#「久湏毘」は「百」である…「ゆらく」ものとしての「ゆり」は、
#実のところ「百」なのだ。それだから、「百合」にも作られる。
#【AWKMA】(黒、91)が魔方陣の「一」に照応する点も注意。(※つまり月宿の【危】(百毒)にも通じている)