『アーリオーン・メッセージ』を読む場合、地の文(語り手によるライティング)と、
ARION自身の言葉を引用する部分(太字で記される)は、区別したほうがよい。
というのは…地の文は、ARION自身がどう言っているのか、原文が無いために、
判然としない場合が往々にして見られるからである。たとえば次の箇所も、そうだ。
> アマテラスの義弟たちは、古代の呪術を巧みに操る有能な呪師であった。
> 彼らは、当時の族長であったアマテラスの陰にあって、日向族内部の実質的な権力を掌握し
>ていた。スサノオとアマテラスの婚姻(すなわち日向族と出雲族の同盟)によって、自らの“影
>の権力”が危うくなると判断した彼らは「もし婚礼を行うなら呪術によって後世までたたるよう
>な呪術をかける」と人々を脅した。
(※『アーリオーン・メッセージ』32頁より、下線は私に附した)
> このアマテラスの嫁入りをきっかけにして、日向族と出雲族の確執は、消えるどころかますま
>す激しさを増していく。確執の中心になった人物こそ、前述した「アマテラスの義弟たち」であ
>る。彼らは、この政略結婚の反対派の急先鋒だったのだ。
> アマテラスの義弟たちは、アマテラスを陰から操ることによって、出雲族の中で実質的な権力
>を手に入れることに成功していた。アマテラスがスサノオの元に嫁入りするとなると、今まで自
>分たちが築き上げてきた実権が失われることになってしまう。
(※『アーリオーン・メッセージ』45頁より、下線は私に附した)
『アーリオーン・メッセージ』を漠然と読むと、「アマテラスの義弟たち」は「日向族」という印象を受ける。
上記の32頁の下線部の表現は、その印象を裏づける。ところが…同じような表現の45頁の下線部では、
「日向族内部の実質的な権力を掌握」という部分が、「出雲族の中で実質的な権力を手に入れる」云々と、
書かれている。つまり、45頁の下線部だけを読めば、「アマテラスの義弟たち」は「出雲族」とも受け取れる…
「アマテラスの陰にあって」という表現(32頁)と、「アマテラスを陰から操ることによって」という表現(45頁)は、
微妙に異なる。「アマテラス」と同じ「日向族」の者が、「アマテラスの陰にあって」と表現されるのは相応しいが、
「アマテラス」とは異なるグループの「出雲族」の者が、「アマテラスの陰にあって」と表現されるのは相応しく無く、
その意味で、「アマテラスを陰から操ることによって」という表現は、まさに絶妙だ。「義弟たち」は「出雲族」なのか?
* * *
同じ一族の者は、言わば兄弟だろう。そういう意味で「兄弟」という言葉を使う場合、
「義弟」という言葉は、本来は兄弟ではない、本来は同じ一族ではない、ということを、
やはり意味する。無視できない相手方の中で権力を持っている者を懐柔し、その結果、
自分方の中で権力を手に入れる…という構図は、現代の会社社会でも、日常茶飯事だ。
要するに、大事な取引先のキー・パーソンと懇ろになり、その懇ろな関係性を武器に
自分の会社の中で地位を確保する…という風な構図である。このように考えてみれば、
「アマテラスの義弟たち」は、「アマテラス」の弟のように振る舞う「出雲族」の一派だろう。
そう想定可能な文脈を、少なくとも45頁の下線部は持つが、32頁の下線部とは齟齬する。
#揚げ足を取っているわけでは無く、ARION自身がどう言っているのか、
#原文が無い(ダイレクトな言及が無い)からこそ、上の如き記述の齟齬が
#生じるということを、一つの例を挙げて、より具体的に説明したということだ。
#『アーリオーン・メッセージ』が解釈の部分も含めて大変な労作であることは、
#論を俟たない…それだけに、ラフに読むのではなく、正確に読みたいところだ。
#そのことも含めて言えば、最終的には、原文(太字の部分)が、最も重要だろう。