皇極紀の「打毬」の記事について | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

聖書中どこに使われているかは、未だ見つけていないが、(※あるいは忘れたが…)
【ΣRΣA】(根、1102)という単語は極めて重要な位置づけ。
傍通暦の【尾】(112日)を表す。【尾】の梵名は「Mula」だが、
此の「Mula」の意味は「根」だから、“自明なゲマトリア”に属す。
もちろん…これを反転すれば、傍通暦の【鬼】(211日)を表す。(※いわゆる紀元節の月日)

【ΣRΣY BRQA】(1625)は「雷」を意味する…此の語句は、
前項の【ΣRΣY】(1120)が【十L十YN】(1120)に重なり、且つ、(※【鬼】=【K】=「卅」に注意)
後項の【BRQA】(505)が【鬼】(55日)に重なる。まさに「鬼」だ。
【ΣRΣY】(根こそぎ、1120)は、【BWTA】(麻布の衣、112)を表し、(※ナクシャトラの「Pusya」である)
月宿の【鬼】であるところの【十L十YN】(卅、1120)に、全く一致する。

#【AB】(ab)が、「阿牟」(アム)と写されたり、古事記の「伊那毘」が、
#「印南」にも作られたり、中国で頭子音が「m→mb→b」と変化したり。
#このような音転は一般的である。月宿の【觜】に当たるナクシャトラは、(※別ブログを参照)
#「Mrigasiras」(ムリガーシラス)または「Mrigasirsa」(ムリガーシルシャ)。此れは、
#前項の「mriga」が「鹿」と解され、後項の「sirsa」が「頭」と解され、よって、
#舎頭諫経では「鹿首宿」(首は頭の意)に作られる。併し、上記と比べると、
#前項の「mriga」は【BRQA】と、後項の「sirsa」は【ΣRΣA】と、かなり似る。
#「建御雷」が鹿島神宮に祀られ、ここで「鹿」を神獣としている点に鑑みれば、
#この「建御雷」は、【ΣRΣY BRQA】(Mriga・sirsa)と見るのが恐らく自然だ。

*   *   *

面白いのは、上記の【ΣRΣA】(1102)という語は、発音も綴りも同じなのに、
「根」(ネ)も意味するが、「毬」(マリ)も意味することである。ここで日本書紀に、
有名な蹴鞠の記事があることが想起されよう。実際の記事は、次の引用の通り。
「中臣鎌子」が「王宗」の中から「功名」を立てるだろう「哲主」を求めた記事である。
「中大兄」(後の天智天皇)に目をつけ、「毬」に随伴して脱げ落ちた「皮鞋」(クツ)を、
「掌中」に取って置き、跪いて恭しく奉る…このことによって「所匿」の無い間柄になる。
要するに…王の一族の中から「首領」となるに相応しい人物(=中大兄)を求めたのだ。

>歴試接於王宗之中、而求可立功名哲主。    ← 「首領」となるに相応しい人物を求めた
>便附心於中大兄、疎然未獲展其幽抱。
>偶預中大兄於法興寺槻樹之下、打毬之侶、
>而候皮鞋随毬脱落、取置掌中、前跪恭奉。
>中大兄対跪敬執。自玆相善倶述所懐、既無所匿。
(※日本書紀・皇極三年条より)

「中臣鎌子」が「神祇伯」を固辞した記事などに続いて、上記の通り、
後の天智天皇である「中大兄」に接近した旨が綴られている。此処で、
天智天皇は月宿の【觜】。もし【ΣRΣY BRQA】(Mriga・sirsa)ならば、(※舎頭諫経は「鹿首」に作る)
「中大兄」との因縁を述べるのに、【ΣRΣA】(毬、1102)を持ち出すのは、
全く道理に適っている。梵語の「mriga」(鹿)と、Syriacの「ΣRΣA」(毬)を、
通底させているわけだ。「sirsa」(首領)たるべき「中大兄」(天智)だからこそ、
その「中大兄」(天智)との因縁が、【ΣRΣA】(毬、1102)で綴られるのである。
結局のところ此の記事の背景にも、ナクシャトラの「Mriga・sirsa」(觜宿)が在る。