「大長谷若建」(雄略天皇)は、月宿の【氐】に当たる。此の漢字は、
字義が「根」に通じる。したがって、月宿の【尾】(梵名Mūla)に通じる。
その月宿の【尾】(梵名Mūla)に当たる天皇は「意祁」(仁賢天皇)だが、
「意祁」(仁賢天皇)は、「大長谷若建天皇之御子」を皇后に立てている。(※古事記)
【尾】の天皇が、【氐】の天皇の子を娶るのは、「氐」が「根」を表すからだ。
>天皇御年、壹佰貳拾肆歳。【己巳年八月九日崩也。】
>御陵在河内之多治比高鸇也。
(※古事記・雄略天皇条の末尾より)
以上の事柄を理解し、且つ前項の事柄を理解すると、引用箇所は、かなり、
クリアーである。【ALOA】(骨、124)~【尾】(1月24日)~「Mūla」(大根)だが、
そもそも「氐」が「根」の意味を持つので、此の連鎖は、月宿の【氐】にも繋がる。
つまり…雄略天皇の崩御の年齢は、その年齢自体が【ALOA】(骨、124)を表し、
したがって、崩御の月日は、あからさまに傍通暦の【尾】(8月9日)を標示している。
#此の点に鑑みて、「多治比」という地名は、【軫】(4月12日)に由来し、
#「高鸇」の「鸇」(わし)は、【女】(4月21日)に由来する…月宿の【軫】は
#「蝮(多治比)之水歯別」(反正天皇)で、月宿の【女】は「わし座」だから。
#むろん、【十WRA】(青牛宮、809)が「氐月」に当たることも重要と言える。
#【氐】に当たる天皇が、傍通暦の【尾】(8月9日)の月日に、崩御する設定も、
#実は「氐」の字義とか、【十WRA】(青牛宮、809)にも関わっているのである。(※既稿の後半部分も参照)