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最近、子供の頃の記憶を思い出すことが多いです。
ふと、何かを切っ掛けに思い出すのですが、昨日はその切っ掛けがあさがおの鉢植えでした。
道で小学生の女の子とすれ違った時に女の子があさがおの鉢植えを抱えて歩いていました。
おそらく、夏休みに入るので学校からお家に持って帰る途中だったのでしょう。
夏休みの間、お家で観察日記を書くのかなぁ?と思いました。
そうしたら急に自分が小学校1年生の頃の記憶に飛んで行きました。
あさがおの鉢植えをとても大切にしていたような気がするのです。
確か2年生の時もホウセンカを育てていたような記憶があるのです。
3年生か4年生の頃は学校でヒヤシンスの球根を水栽培していた記憶もあります。
その記憶をたどると、私は植物の成長を観察したり見守るのが好きだったような気がするのです。
ヒヤシンスは花も咲きますが、下には細くて白い根が何本も出てきます。水栽培で透明な容器で栽培していたので、根がよく見えるのです。
その根にも興味を持っていたような気がします。
成長が好きなんでしょうね。
そこまで思い出した時、またまったく違う場面が頭に浮かび上がりました。
少し前に幼稚園の先生から「わからないことがあったときなくのはあかちゃんですよ。なかないでおはなしできるようにね。」と言われた話しを記事にしました。
先生からそう言われて、この時すごくショックでしたが、何故ショックを受けたかというと、それが図星だったからです。
決して嘘泣きではなかったのですが、泣くことで自分が逃げていたことを自分が一番よく知っていたのです。
男子にからかわれたり、いじめられたりする時に自分で相手に立ち向かうことなく、泣けば先生が気づいて男子を怒ってくれる。
先生がいない場面では頼りになる友達がかばってくれる。
それを期待して、涙がとまらなくなっていたような気がします。
体育の授業が苦手で「お腹が痛い」など仮病を使って授業をサボるようなこともよくしていました。
空気を読むので、年中はサボらないで、適当にそろそろ大丈夫かなぁと見計らってサボって記憶が残っています。
この頃、まだ小学校1年生でしたが、
「私はこのままだと生きていけないなぁ、今は子供だから通用するけれど、このままだと大人になったらやっていけないだろうなぁ」と思っていたのです。
先の先の先まで考える性質
があるので、この頃、大人になった自分を想像していたのかもしれません。
今思うと、小学校1年でそんなことを考えているとは、当時から随分変わっている子でしたね。
ある意味、冷静(笑)
でもこの頃の私は既に知っていたのです。
人っていうのは嫌なものを避けて逃げていると、どんどん弱くなることを。
小学校2年生の頃、一大決心をしました。
逃げずに立ち向かおうと決めたのです。
小学生の頃の私は、ものすごく不安が強くて、今でいう社会不安障害のような症状がありました。
ものすごく緊張して、頭は真っ白になるし、冷や汗が出るような感じがありました。
特に人前で話しをしなければいけない場面などでおかしくなっていました。
そういうことにも逃げないで立ち向かっていこうと決めました。
親にも友達にも言ったことのない、自分だけの決心でした。
とても恥ずかしくて言えなかったのです。
すぐにはうまくいかないですし、体育の授業も相変わらずサボることもありましたが、3年起きくらいに大きく成長するタイミングが来て少しずつ緊張も和らいだり、泣かなくなったり、体育の授業をサボる回数も減ってきました。
高校生になった頃にはこのほとんどを最低限気にならないくらいにクリアしていましたが、その努力は社会人になった頃まで続きました。
職場ではたまに人前でしゃべらなくてはいけない場面が訪れるのです。
100人くらいの人前で30分くらい、普段やっている仕事内容の説明をする仕事の時は、やっぱり途中すごく緊張して頭が真っ白になりそうになりましたが、なんとか話しを終えることができました。
今も緊張しやすいですし、人に対する怖さはありすが、汗までは出ないようになりました。
泣かないようにしようと思ったのだけはちょっと方向性が違っていたので、その後うつ病になった時に涙腺が崩壊することになるのですが。。
でも、よく頑張ったと思います。
人っていうのは嫌なものを避けて逃げていると、どんどん弱くなると小学生の私が感じていたことは間違いなかったと思うのです。
ただし、自分の本音を伝えるということだけはどうしてもできずに抜け落ちていました。
だから今やっているんですけどね。
できなかったことができるようになるのはもちろん嬉しかったし、自信につながりましたが、それよりも挑戦したことに価値を見出し、自分を成長させることが好きだったような気がするのです。
当時から自分の成長楽しみ、自分で自分の成長を見守り、応援していたのです。
今の生き方はその時と同じ感覚です。
子供の頃の方が何倍も大変だったように感じています。
なにせ時間の流れが今より何倍もゆっくりですから。
多分、私をみて勇気があると思う人がいらっしゃると思うのですが、勇気があるのではなくて、勇気を振り絞ってきた経験値の差があるだけなんだと思うのです。
経験してきたというだけのことです。
ビビりながらも、勇気を振り絞ることに慣れているだけなのです。
その中でも勇気振り絞り難い苦手分野が今の課題として残っています。
読者さまプレゼント
の『魂が喜ぶ生き方』にも「私たちはこの世界で学び、成長するために生まれてきました」と書いてありました。
私たちはもっともっと自分の成長過程を楽しんでもいいんじゃないかなぁと思うのです。
私はどうやら、自分を成長させることが人一倍好きみたいですが(笑)
それが子供の頃から楽しかったみたいです。
苦しいことも辛いことも、情けない思いをしたことも、恥ずかしい思いをしたこともたくさんあります。
それでも、私はそれを含めて自分の成長を楽しんできたのだと思いますし、これからも楽しんでいきたいと思っています。
私たちはこの世界で学び、成長するために生まれてきたのならば、誰もが自分の成長を楽しめるようにできているのではないでしょうか。
自分の成長を楽しんだり、見守ったり、応援したりするということを意識してみるとは有意義なことだと思います。
今日も読んでいただき、ありがとうございました
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