ニギハヤヒさま 土用は「地」への感謝の期間 | 最強運貯めガイドブック♥古事記、黄泉の国を知る事が大事だよ♥カミコトは記紀の歴史の真実を知る事

最強運貯めガイドブック♥古事記、黄泉の国を知る事が大事だよ♥カミコトは記紀の歴史の真実を知る事

黄泉の国を知ることは、あなたを早く変容させます!
記紀を正しく知る事は、日本人として非常に大事です。
拝読感謝❤
漢方養生指導士で
ご縁玉と寅の日お財布さまおまじない感謝祭の提唱者です!
伊勢神宮と高野山の会員です。
主人のご先祖様は、羽黒山山伏です。


日本気象協会より

蛯原さまより
シェアさせて頂きました

ありがとうございます
 





『シリウスは饒速日』



〜饒速日は

太陽のように明るい土用

(節分、きわけ)の星




天子様は

倭を治めるには、

倭の魂を御身體に、

お付けにならなければならない。




譬へば、

「にぎはやひの命」が、

「ながすね彦」の方に居た間は、

神武天皇は

戦にお負けなされた。


處が、

此に「にぎはやひの命」が、

「ながすね彦」を放れて

神武天皇についたので、

長髓彦はけもなく負けた。


此話の中の

「にぎはやひの命」は、

即、

倭の魂である。



此魂を身につけたものが、

倭を治める資格を得たことになる。 


此大和の魂を取り扱つたのは、

物部氏である。


「もの」とは、

魂といふことで、


 平安朝になると、

幽霊だの鬼だのとされて居る。


万葉集には、

鬼の字を、「もの」といふ語に

あてて居る。


物部氏は、

天子様の御身體に、

此倭を治める魂を、

附著せしむる行事をした。


此が、

猿女鎮魂以外に、

石上の鎮魂がある所以である。



〜折口信夫/『大嘗祭の本義』


*折口信夫の

『もの』とは『鬼』であり、 

亡くなった人の魂なんです。


しかし、

折口の言う『大和の魂』ではなく、


天空の星々を従える神武に


敵対する土蜘蛛は


悪い土公(鬼神、祖霊)であり、


凶星の箒星(はばき星、脛は脛巾)、


異変をもたらす星なんです。



つまり、饒速日は


土蜘蛛という

『鬼』(土公神、竈門神、

土地神、家宅の神、祖霊)を

扱う一族から、


『もののべ』となっているのです。



*古代、武器には

呪力があると信じられていた。

武器を作る事で呪力を得た戦士となったり、

土地神への鎮めものには

たくさんの武器や武具がありますね。


土地神は

農耕や天文観から

星神へとなっていき、


季節の移り変わりの

『土用』(道教)と結びつきます。



その中で重要視されたのが


『節分の星』(土用を分ける星)


だったんです。


饒速日はシリウス、

神武天皇はオリオン、

ナガスネ彦は彗星(凶星)。


倭という土地を占有するには


土地神(鬼、土蜘蛛)を

従えなければならないんです。



土地神と折り合いをつけるには、


首魁の饒速日

(土地神を祭祀する一族、

道教、節分の星のシリウス、

天空で最も明るい星)を

従えなければならないのです。





『シリウスのニギハヤヒ』

〜神武東征と

楚辞九歌の天狼星(シリウス)


晋の歴史を記した『晋書』の

「天文志」には、 


「狼は野将たり、侵掠を主る」

とあり、


天狼星とは


山賊の首領であり、

この星の状態によって、

世に侵略や掠奪が起こるかどうか、

その兆候を窺うことができる

という。



弧星については


「弧の九星、

狼の東南に在り、

天の弓なり」


といい


「盗賊に備ふるを主る、

常に狼に向ふ」


とあって、


山賊の首領たる狼星を封じる

役割を課せられているという。



そして、


「弧矢動移して

常の如くあらざれば、

盗賊多く、胡兵大いに起つ」


とあって、


弧星が移動して

普段と違った位置にあるときには、


盗賊が増え、

北方の異民族が兵を揚げる

という。




*長髄彦は


「我らは天磐船で

天より降りた天神の御子

饒速日命(ニギハヤヒ)に

仕えてきた。


あなたは天神を名乗り

土地を取ろうとされているのか?」


と問うたところ、神武は


「天神の子は多い。

あなたの君が天神の子であるなら

それを証明してみよ」


と返す。



長髄彦は、饒速日命の


『天羽々矢(あめのはばや)と

歩靫(かちゆき)』


を見せる。


すると

神武も同じものを見せた。



長髄彦は

それでも戦いを止めなかった。


饒速日命(ニギハヤヒ)は

天神と人は違うのだと

長髄彦を諌めたが、


長髄彦の性格がひねくれたため殺し、

神武天皇に帰順して

忠誠を誓った。



〜wik参考




【楚辞 九歌 天狼】


『楚辞』は、

中国戦国時代に

楚の国で謡われた歌謡を集めた作品群を、

そのように呼ぶ。


このうち「九歌」は、

楚の南方に伝わっていた神楽歌を、

屈原が

新たに作り直したものとされ、

多くは

東皇太一(=最上神)や「雲中君」(=雲の神)、

「湘君」 (湘水の神)などの

個々の神々を題としている。


「天狼」が見えるのは


「九歌」のうちの「東君」。


東君は日の神を意味する。




青雲衣兮白霓裳


【読み】青雲の衣 白霓の裳

【意味】日は東から出て西に入る

東は青く、西は白ゆえ、東西の色を象る


挙長矢兮射天狼


【読み】

長矢を挙げて天狼を射る

【意味】

天狼(シリウス)という星を射るのは

日の霊で



操余弧兮反淪降


【読み】

余が弧を操つて反つて淪降



援北斗兮酌桂漿


【意味】

北斗を援いて桂漿を酌む



撰余轡兮高駝翔


【読み】

余が轡を撰つて高く駝翔すれば



杳冥々兮以東行


【読み】

杳かに冥々として以て東に行く



〜浅見絅斎講述の

『楚辞師説』参考



【要約】

太陽が東から 昇って西に沈み、

翌日また東から昇るために

東へと移動する。

その間の天の有り様を、

日の神の行動として描いたものと

考えることができる。


「青雲」と「白霓」は、

五行の考え方によって

東と西を表す。 


日の神は、

東から西へと移動しながら、

長矢を以て

天狼星(シリウス)を射る。


天狼星を見事に射抜いた後、


自分の弓を持って

西の地の下へと沈んでゆき、

北斗七星の柄杓で祝杯をあげ、

やがて

地下を東へと進む。




*神武天皇は西から東へ進み、

ナガスネ彦らを討伐しますが、

そのナガスネ彦らの首領は

ニギハヤヒなんです。



そして、神武天皇として即位し、

藤原京の西の畝傍山に静まるのです。


【李陵】

浚稽山に駐屯した李陵軍の前に

匈奴の大軍が姿を現す、

 その前夜。


李陵軍の歩哨は、

連夜、

光芒(尾をひいたように見える光の筋)を

ひきながら輝き続けていた

狼星(シリウス)のすぐ下に、

赤黄色の巨大な星が

尾をひいて動くのを目にする。 


ここで

赤黄色の星のように見えたそれこそ、

まさしく

匈奴軍に違いない。



果たせるかな、この後、

歩哨の報告を聞いた李陵は、

全軍に戦闘準備を命じる。



〜李陵 中島敦 より



李 陵(りりょう、? - 紀元前74年)は、

中国前漢代の軍人。

匈奴を相手に勇戦しながらも

捕虜となったことで

敵に寝返ったと誤解された悲運の将軍。

字は少卿。


古代中国の人々は、

帝の周囲が

さまざまな官職の者たちによって固められ、

世の中が治められていく、

そのさまを星に見立てて

天に配置した。


人ばかりではなく、

天には

道具や建造物、動物などを象徴する

星座もある。


天の世界は、

さながら人の世界の写し絵であった。


そして、

そうした天の世界の現象こそ、

人の世界の予兆であり得る


と考えられたのである。


「今しも、天狼の星、斜に長い尾を引いて、

 その光芒、大空を掃ふばかり、

変乱の兆たることは、

言ふまでもなく、

大旗は颯々として、

風沙がこれに吹きつける」


今にも、

天狼星(シリウス)は

斜めに尾を引いて、

その輝きは大空を掃くようだ。

(箒星になり、変乱を起こす)


これは

変乱の兆しである事は

言うまでもない・・・


其の東に大星有りて狼と曰ふ。

狼角ありて変色すれば、盗賊多し。

下に四星有りて弧と曰ひ、

狼に直たれり。


*弧

弧矢、天の弓矢


〜エッセイ 『狼』という星

著作 山田尚子 参考


シリウスは、

オリオン座のベテルギウス、

こいぬ座のプロキオンと共に

冬の大三角を形作る星で、

空に輝く恒星の中で

二番目に明るい星です。


二番目といっても、

シリウスより明るい恒星とは


実は太陽のこと。



天空で太陽を除くと

最も明るい星と云ってもよいでしょう。



【宵星(しょうのほし)、

暁星(ぎょうのほし)】



古代人は日が暮れて寝る前に

シリウスを見て宵星と呼び、

早朝起きた時に

空に残るシリウスを見て暁星

呼んでいました。


暁星、宵星を

明星(金星)と呼ぶのは、


かなり後代の事で、


日本書紀に出てくる

天津甕星(あまつみかぼし)、

別名香香背男(かがせお)と言う星神を

金星としたのは


江戸時代の平田篤胤、


平安時代には

宵の明星を

「夕星(ゆうづつ)と呼んでいて、

清少納言の随筆「枕草子」第254段


「星はすばる。ひこぼし。

ゆふづつ。よばひ星、

すこしをかし。」


にあるように、


夜を彩る美しい星のひとつとしての

名が残されています。



*よばい星とは

「夜這い」ではなく、

古代では

亡くなった人の魂に呼びかける事を

「よばい」と言っていた。


また、オリオンや昴などと同じで

シリウスも冬の星という

イメージがありますが、


古代人が星を見て

特に遥拝するのは

夜明け前や日没後で、


オリオンと同じようにシリウスもまた

農耕催事と深く関わり、

その別名、

節分星(きわけのほし)とあるように、


シリウスが

立秋の朝に東に見え、

立春の夕べに西に見え、

立夏の日中に南に輝き、

立冬の夜中に南に輝く時代もあり、


そのために


春夏秋冬の兆候を知らせる星として

節分星(きわけのほし)


と呼ばれたのです。


陰陽五行では

季節の変わり目は土用と呼び、


シリウスも

土用に現れる星として

認識されていたようです。



折口信夫の言うように


『やまとの魂』とは、

祖霊のことであり、


土用(節分)を知らせるシリウスを

物部氏が祖神としたのは


土用は土気であり、

『死と再生』を意味する期間

でもあったので、


『もの(鬼)』を扱う

物部氏らしい祖神と言えるのです。


また、眞鍋大覚は

シリウスの輝きの連想から、


製鉄での坩堝(るつぼ)の達人を

石上(いそのかみ)

あるいは

五十師(いそし)

あるいは

伊覩率(いとし)

などと呼んでいて、


シリウスは

石上氏に改姓した物部氏との関係を

指摘しています。


ひもろぎ逍遥 シリウスの和名

真鍋大覚『儺の国の星』

『儺の国の星・拾遺』・wik参考




*坩堝とは

『鋳 (い) る壺」

あるいは「炉壺」の意からか

中に物質を入れて加熱し、

溶解・焙焼 (ばいしょう) ・

高温処理などを行う耐熱製の容器。

金属製・黒鉛製・粘土製などがある。


種々のものが混じり合っている状態や場所。

「人種の―」


*天津神(天神)とは

夜空に輝く星々の穴(天筒)を通り、

天下に天降る神、

つまり星。


*国津神とは

土地神、土公神、竈門神(祖霊)、

来訪神(歳神)と習合して、

方位神などにもなる。


縄文時代から存在する

祖霊信仰や精霊(月神や水神)が


大陸文化の影響(稲作の伝播)とともに

農耕祭祀、祖霊祭祀などと結びつき、


死者の葬儀儀礼となっていく。



*天津神、国津神の神話は、

古い土着の土地神や

竈門神(祖霊、鬼神)を国津神とし、


中国の天神信仰(天上の神々)より

一段低い神格と捉えていたため

(巫覡による祭祀)、


国を治める力を

与えられるのは

天神により決められた

天子であったので、


国譲り神話、神武天皇東征神話、 

三輪山祭祀などで

天皇祭祀を国を治める祭祀として

作られたものです。


*参宿の星官には

参旗という星座があり、

別名を『天弓』といいます。


これも天神の弓であり、


神武天皇が持っている

金鵄(觜宿)がとまった弓

でもあるのです。






『神武天皇と高天原』


〜古代の都は

祖霊と土地神を祀る




残念ながら、

神武天皇は

実在の人物ではなく、

藤原京造営と共に作られた

天皇像です。


古代中国、周代の封建社会においては、

土地とそこから収穫される作物が

封建諸侯国の基礎であると考えられており、

村ごとに

社と稷(土地神と穀物神)を

祀っていました。


周が滅んで秦漢帝国が発生すると、

天子(皇帝)が

国家行事として

社稷祭祀を行うようになり、

やがて社稷は

国家・国体そのものを

意味するようになったのです。


新しい国が興ると、

社稷の祭壇と宗廟が設置され、

皇帝の都は、

左に太祖と呼ばれる先祖(宗廟)を、

右に土地神を(社稷)祀ること

とされていたのです。


我が国最初の都城といえる

藤原京には、


正式な宗廟や社稷、

或いは天壇や地壇

とまではいかないまでも、


左右が反対ではあるが、


宗廟を畝傍山の神武天皇陵とし、

社稷を土地神を祀る香具山にしていた


と考えられるのです。



また、高天原は

古代の渾天説や天円地方から

考えられた

天空の夜空の外側にあるとした

神々の世界としていたのです。



文、蛯原春比古さまに

帰属します

文面のマネはできません







神武天皇が

実在の人物ではなかった


そうか。。。🤔


土用、自体が


「終わりであり、始まり」


「地」を崇めて祭祀を行う


「地」こそ

生きるための

大事なものであり

いろいろなものの産物も

すべて、「地」が

あってこそ


生きるものは

すべて

いつか「地」に帰る


それを

シリウスになぞる


壮大な物語だけど

天文学も知り尽くす

昔の人の智慧


土用は

「地」の感謝を表す期間

ですね


また、きりんさんの

土用おまじないは


この土公神を

悪者扱いにしていないんです


むしろ

味方につける


蛯原さまの考察と同じ

なんですよ


土用おまじないは

ただのおまじないではない

ということです



きりんさんが

熊本の子どもの頃から

口伝で伝わるものを

会得している事と

現在、お寺で

山伏修行もされていますので


その御力が

このおまじないに

こもっているということ


なかなか手強い

土用の禍神さまを

味方につけるのはできません


だから

「やるよ!」と聞いた時

これはすごいと思いました


養生期間に

わが心も、修行期間なのだと

そう思ったのですよ


ピンときましたね