2024年1月24日

 

 小生キャリアの最後は自動車業界に10年近くいた。
 なので少しは雰囲気を知っている。

 最近自動車業界に題材を取った本を続けて2冊読んだ。

 

『トヨトミの世襲』(梶山三郎)小学館 2023年12月

 

 

『EV』(高嶋哲夫)角川春樹事務所 2021年9月

 

 「トヨトミの世襲」は「トヨトミの野望」から続くシリーズ第3作になる。

 「EV」は(イブ)とルビが振られているが、もちろんElectric VehicleのEVである。物語の中で女性環境大臣がEVをイブと呼んだという挿話がその由来だが、これは現実世界においてITをイットと読んだ某元首相の無知とは異なる。
 

 例によって「登場する組織や人物はすべてフィクションであり、実在の組織や人物と関係ありません」(トヨトミの世襲)、「本書はフィクションであり、実在の個人・団体等は一切関係ありません(EV)とお断わりの文言が最後に記されている。

 

 といっても誰が見ても前者のトヨトミ、後者のヤマト自動車はトヨタ自動車であり、『トヨトミの世襲』ではご丁寧に裏表紙にトヨトミ自動車株式会社の架空の会社概要が表示されている。

 

 トヨトミ自動車株式会社

 代表取締役 豊臣統一

 所在地 本社 愛知県豊臣市

   東京本社 東京都新宿区市ヶ谷

 創立 1936年(昭和11年)2月26日

 売上高 39兆3000億円(2023年3月末)

 営業利益 3兆5000億円(同上)

 株式時価総額 42兆4000億円(2023年11月29日)

 

 ほんもの?の方は

 トヨタ自動車株式会社

 代表取締役 豊田章男(*)

 所在地 本社 愛知県豊田市

   東京本社 東京都文京区後楽

 設立 1937年(昭和12年)8月28日

 売上高 37兆1543億円(2023年3月期)

 営業利益 2兆7250億円(同上)

 株式時価総額 42兆2721億円(2023年12月29日)

 

(*)現在の代表取締役社長は佐藤恒次氏であるものの、豊田章男氏は代表権を持つ会長であり、実質トップの地位は変わらない。

 

 まぁ見事に実際の会社をなぞっておりますね。ここまでやるとちょいとやらしい。

 

 ”EV”は文字通り電気自動車をテーマにした小説で、ステラなんていう名前でもろにテスラとそれを率いるイーロン・マスク(小説中ではウィリアム・デビッドソン)を登場させている。一方GAFAやフォルクスワーゲン、あるいはスティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ等は実名で出てくる。ストーリーに直接からまないから実名の方が現実味を増すという狙いだろうか。これで実在の個人・団体等は一切関係ありませんというのはあつかましいのではありませんかね。

 まぁ、とはいえ、EVをとりまく日本の自動車業界、特にトヨタ自動車(小説中ではヤマト自動車)と経済産業省あるいは政府の動きなど、現実感をもって迫ってくる。さすが高嶋哲夫、息もつかせず読ませる力は健在である。

 

 

 一方、”トヨトミの世襲”の方は名前を変えてあるが実にわかりやすい(( )内が実際の名称)。トヨトミはいいとして、裾野市で進行中のスマートシティは裾沼市のフューチャーシティ(ウーブンシティ)、自前メディアのトヨトミニュース(トヨタイムス)、高級車ゼウス(レクサス)、ハイブリッド車のプロメテウス(プリウス)、大衆車のフローラ(カローラ)、ディーラーのレッツトヨトミ(ネッツトヨタ)。そのほか織田電子(日本電産=現ニデック)、大日本製鉄(新日本製鉄=現日本製鉄)、日本商工新聞(日本経済新聞)、裾沼市(裾野市)、タイロン・マークス(イーロン・マスク)とコスモ・モーターズ(テスラ・モーターズ)、『カイリョウ』(カイゼン)、等々である。

 

 おもしろいのは、偶然かもしれないが、”EV” では上述の通りトヨタが『ヤマト自動車』として描かれているところ、”トヨトミの世襲” では『ヤマト自動車』は日産なのである。フランスの “アルノー”(ルノー)に出資をあおぎ、アルノーから再建のために送り込まれたのが ”カール・ゴンザレス”(カルロス・ゴーン)というわけである。

 

 いずれの小説ももちろんフィクションとはいえ、現実の要素をさまざま織り込んでいる。どこまでが本当でどこからが虚構なのかまことに興味深い。トヨタのサプライヤに対する姿勢であるとか、あるいは経営トップの人格、行動とか、私が実際に見聞きしたこととかなり近いものがある。

 

 EVは走行において一切二酸化炭素を排出しないのは事実にしても、その生産過程において電力を多く消費する。しかも仮に世界中のエンジン車がすべてEVに切り替わったとすると、走行に必要な電力を賄うには百万キロワットの原発10基が必要だという説がある。

 HVは走行することでバッテリーを充電するから新たな電力を必要としない。ガソリン走行ではCO2は発生するものの、トータルでは従来のエンジン車に比べて圧倒的に燃費が優れている。環境コンシャスという意味では、少なくとも現状ではHVの方が優位である。欧米の自動車メーカーはHVについては日本に太刀打ちできないため、EV以外の販売を禁止することで日本車を排除しようとしている。つまり、環境保護の観点ではなく、政治的思わくによりEVを推進している。環境コンシャスではなく、自国、自社の利益のために動いているに過ぎない。

 

 

 最後に、小説には触れられていないが、いわゆる『トヨタ生産方式』は実にカスタマーオリエンテッドでないシステムだと強調しておこう。『トヨタ生産方式』は、生産現場の効率化を徹底した方式で、一時は生産の教科書的な扱いをされていたこともある。ものすごく乱暴に一言で言えば、あらゆる段階での在庫を持たないということに尽きる。

 

 部品在庫は最低限しか持たないから、少量多頻度で部品メーカーに発注する。したがって部品メーカー(サプライヤと言おうが、協力メーカーと言おうが要は『下請け』である)は、一日に何度もトラックを走らせることになる。CO2排出量の増加に大いに貢献しておるよ。財務上の見栄えの理由で、期末には発注を控えて在庫を最低限に圧縮する。期が改まったとたんにフル生産に入るから、一気に発注する。部品メーカーはそのため、作りだめをしておかねばならない。要するに自分では部品在庫を持たずに部品メーカーに負担させるわけである。

 もちろん完成品在庫も持たない。よって期末にはディーラーに押し込み販売をするか、レンタカー会社に大量に納入したりする(らしい)。ディーラーにしたって在庫負担にそうそうは耐えられないから、中古車業者に売ったりすることもあるだろう。こういう車が、走行距離が千キロに満たないような新古車として市場に出るわけである(ようだ)。

 

 消費者からすると、ほしいと思ってディーラーに行っても在庫がないと言われる。納車まで1年、2年待ちが珍しくない。こんな消費者不在の製品ってほかにあるだろうか。家電量販店に行ってお目当ての製品がなければ他へ行くという話だ。なぜ車は待たされるのが当たり前なのか。カスタマーファーストってただの念仏か。

 

 半導体が不足したとか、部品メーカーの工場で火災があったとか、さまざまな事情でサプライチェーンが簡単に崩壊する。需要動向やその背景にある景気、さらに原材料の調達状況・市場を見て適正在庫を想定したうえで生産計画を立てるのが「生産管理」ではないのか。彼らの「生産管理」は単に自分たちの目標を達成するために、部品メーカーの尻をひっぱたき、ユーザーには平気で何か月も(どうかすると1年も2年も)待たせるという、俺サマ商売だ。

 

 かなり読書記録とは離れてしまった。消費者が甘やかしたために勘違いしたメーカーと、その頂点にいる裸の王様という見方が当たっていないことを祈る。

 

 これ以上はやめておきましょう。下に前回のブログを貼っておくのでぜひそれを読んでいただきたい。