山口県山口市
アロマフランス
認定クレイテラピスト
south wind seatherapy
MARI ☆ mari の
佐伯 眞理子です。
私のブログにお越し下さって
ありがとうございます
脳幹出血で倒れた夫と私の
軌跡、
奇跡
ともいいます。
そんなお話です。
前回までのお話 ➡️ ☆
夢かうつつか、幻かとも言う朝を迎えた。
今思えば、子ども達は眠ったのだろうか。
自分中心になっている私ではあるが息子たちがいてくれたお陰でどれだけ、心強かった事かわからない。
長男の職場は《お父さんについていてあげなさい》と優しい言葉
二男のバイト先も《しばらくはいいよと》
事が事ではあるが職場はその段取りを変えるなどの対応に追われる。
そこは温かい人達に恵まれていると感謝です。
朝、9時頃だったか、古くからの家族ぐるみでのお付き合いのある友人がアパートに訪ねて来てくれた。
彼女のご主人が部所は違うが夫と
丁度同じ営業所に勤務していたので、前日に連絡をしていたから、心配して来てくれた。
私と言えば、着のみ着のままで飛び出してきていたので、着替えはもちろんだが、化粧品の1つも持ってなかった。
長男が「K子おばちゃんが何か必要なものはないか?って電話してきたよ。」と携帯越しに言ってくれる。
即座に私は
「何でもええから、口紅貸して欲しい」と言った
今日も医師の説明もある、義母や義弟も来る。
何より、夫が目覚めていたら、口紅くらいつけて、明るい顔で会いたいと思ったからだ。
K子さんはすぐに来てくれた。
「元気出しよ。これ飲んでがんばるんよ!」とドリンク剤と口紅を持ってきたくれた。
名古屋の義弟が昨夜、下関に帰った義母を迎えに行って、昼過ぎには病院へ来ると連絡があった。
私達は朝、病院へ行った。
病院の夫は目を覚ましているかもしれないと言う、私の期待を裏切り、目を閉じたまま。
昨夜と変わらず、無機質な人工呼吸機の音と定期的に可動する血圧計の音がしていて、ピクリとも動かない。
午後、義母と義弟が来たので、再び医師の説明を一緒に聞く事になった。
今思えば、年老いた義母には辛すぎる事。直接聞かせなくても良かったと思うが、その時の私にはそんな配慮をする心の余裕は全くなかった。
義母は義母なりに、事実を受け止めてもらうしかなかった。
翌日の医師の説明
「昨日からの急激な変化はありません。」
《と言うことは、悪くはなってはいないのね。》
と思う私。
更に医師
「血圧もとても高いので、急激に下げることもできないので薬で色々と調整しているのですよ。
脳幹ですからね。薬で調整するしかないのですよ。」
《昨日、ドクターが言われた通り、決してあきらめていない。全力で治療をしてくれている》
と更に思う私
「とにかく、何が起こるかわかりません。予断は許されません。ですから、病院にずっと居てくださいとは言いませんがすぐに来られる場所に居てください」
《何も変わってはいないのね。でも、悪くはなってはいない》
と再び思う。
家族控え室に戻ると義母が泣き崩れた。
「祥一が死ぬ。祥一が死ぬ。祥一が死ぬ。」と
私には申し訳ないけれど、義母を慰める心の余裕も時間も無い。
実際、泣き崩れたいのは私の方だ。
しかし、頭の中で、これから先の事を考え、行動する私は相変わらず、1滴の涙も流れない。
義母は義弟家族に任せた。
と言うか、義母が泣き崩れるその場の重たい空気から逃れたかったのが正直な気持ちでもあった。
私は夫の職場に報告に行く。
職場での様々な手続きもあるから
長男はどうしても用事があり、職場へとんぼ返り。
二男も夫の車を取りに行かなくてはならないので、私達家族は次々に更なる次の行動に移った。