平安さん・玉勝記 十三《金花  no4》 | yuz的 益者三楽

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代王府次子楚青籟は先頃双兄弟である代王府世子楚渾犼と共に遥か西国での争いを収めた。その見返りは彼の国の亭国への朝貢であり、通商であった。皇帝はこの事に大変満足し、楚青籟を亭国楚譜の支脈に繋る「恭王」へと冊封する。双兄弟である楚渾犼が「代王世子」の称号を持っているのであれば、それは誰もが納得する采配であった。


「まあ、何て……」
素晴らしい……と言う筈の言葉を飲み込んで美淑は青籟を見上げた。青籟はニッコリと微笑んで「それ」を取り出す。
「それ」は蘇芳の筥、綾絹に包まれて納まっていた玉簪で、蕩ける様な乳白色の于闐玉には三本の爪を持つ一頭の龍が彫られてあった。その龍は幾つもの貴石を光らせながらうねうねと波打つ様に躍っている。
「これから皇宮に参内(あが)る際はこれを挿して行くといい」
彼女の黒髪に優しく沿わせながらその玉簪を挿し入れる。それから、徐ろにもう一本の鳳凰の玉簪に手を伸ばすのを美淑は緩く制した。
「十分だわ」
美淑は理解している。この玉簪達は夫君である青籟が「恭王」に封された証を告げる玉簪である。

ーーー先の大戦で多くの者を失った四国は、それはその王族達とて例外では無い。
帰楽、北漠は王家直系の血族を根絶やしにしたし、雲常は君上たる末代公主の死を以て永き治世に幕を降した。
ただ一つ、東林のみが大王の末弟である鎮北王を戴き四国を統一し、亭国を定めた。だが、そこに東林王族及び宗譜の一族は無く、亭国皇帝楚北捷を楚始とする族譜があるのみである。

そしてここに細々と残ったのが、旧東林王家の傍枝であり鎮北王楚北捷に付き従い、亭国あって虎跨大将軍を務める代王、楚漠然であった。楚漠然自身は武人としての扱いに重きを置いている様であったが、皇帝楚北捷は彼に旧東林に遡る代王位を与え一族の要として遇した。その子息達に関しても双公子の一方である楚渾犼を代王世子とし、この「代王」位の世襲を周知させたのである。そして今回もう一方の子息である楚青籟に「恭王」位を封ずる事は亭国楚府皇家の盤石を知らしめるに違いなかった。

その証がこの二本の羊脂玉の玉簪である。
旧東林に於いて王族の女人達が挿す事の許された龍と鳳凰の玉簪。今、亭国でこの旧習を踏襲し、この玉簪を手に出来るのは皇帝の一人娘であり代王世子妃である蓮華公主…もとい、白蓮華妃(蓮華公主は代王世子との婚姻に際して同族の禁を避ける為、楚府の族譜を抜け白蓮華として世子に降嫁された)だけである。そしてこの度の「恭王冊封」により則美淑は恭王王妃として遇され、亭国の最も高貴な女人の一人としての地位を得たのである。

「私には身に余る品だわ」
だが青籟はお構いなしに美淑の手を除け、鳳凰の玉簪を彼女の髪に預ける。
「揃いで挿してこその恭王妃だ。それとも、私からの贈り物は気に入らなかったか?」
青籟の言葉に美淑は目を丸くする。
「とんでもない!」
美淑は鏡に映る姿を一通り見定めると柔く夫君に微笑みを投げかけ、それからゆっくりと玉簪を外し、また筥にしまい込む。
青籟は一部始終を満足気に見つめる。

「先日も、夫君から真珠の釧を頂いたわ」
「ああ、そうだったな」
「その前は、白檀と麝香を」
「うん」
少し楽し気に応える。
「その前は瑠璃(ラピスラズリ)の耳飾り」
「ふん…」
「檜扇の扇子も」
「…………」
「絹も毛皮も花も宝石も……」
「ハハッ…いちいち憶えているのか?」
「いいえ、憶えているだけでもこんなにあるのよ。この玉簪は特別な物だけれど……私、いつか夫君からの贈り物で窒息するんじゃないかしら?」
美淑は悪戯っ子の様に言葉を足して青籟を笑わせる。

「ハッ…ッ…!窒息させてみたいものだ!」
大きく手を広げて王妃を抱き寄せた。
戦場に立つ夫にどんなにか不安に駆られながらも、いざ帰って来るとケロリとした顔で美淑を覗き込む。
青い目をヒラヒラさせて夫人の抱擁を望む。
夢見る様に抱き寄せられながら時折僅か、首を傾げる。
こんなに幸せでいいのかしら?
まるであの青い眸に騙されている様だわ。
それとも、私が騙しているのかしら…



深夜、美淑は青籟の腕の中で心地良く声を転がす。
「夫君…」
「ん…?」
青籟は微睡(まどろ)みながら美淑を抱く肩に僅かに力を入れた。
「この度の西国での争い…夫君方が西国の王に推した王子とはどの様な方ですの?」
「う…ん……興味が?…」
青籟は眼を閉じたまま応える。美淑はそれには答えず青籟の腕の中で少しだけ微笑み肩を竦めた。夜目に、目の冴えてしまった美淑のほんの寝物語だ。

「私より幾らか年嵩な方だ」
青籟は眼を閉じたまま語る。
「まあ、夫君よりお年上…」
「ああ……。武勇にも秀でた方であったが…ウードの名手であられた」
美淑をグッと胸に抱き寄せ彼女の黒髪を小さく絡ませながら交わす。美淑はその胸に納まりながら尚続けた。
「ウード?ウードとは何ですの?」
青籟は漸く目を開けて物憂げに美淑を見下ろす。
「西方の、琵琶に似た弦楽器だ。琵琶よりも幾分丸みを帯びて……音は……私は琵琶の方が好みだな」
「あら、そうですの?」
己れの髪にかかる暖かい手に安心しながら問う。

「琵琶は西域の音にも通じるが、天竺の仏神や天仙達も奏でる楽器だ。琴や笙、笛子にも良く合う……」
言いながら彼女の額に柔く口を寄せる。
「…眠れないか?」
「夫君の声を聞いていたいわ…」
美淑は目を閉じながら夫の声を催促する。青籟の低い声が美淑を安心させる。
「…私の声を子守唄がわりにするか?」
「……え…ッ…………あッ…ッ…!」
静籟の手が美淑を鳴らせる。
「…夫…君………」
「私は、君の音が聞きたい…」
…………違うわ、夫君。
ウードの…お話を………
美淑はほんの少し後悔しながら、再び夜の歌を歌い始める。




紫雲は幾重もの絹布にウードを包み込むと櫃の底に沈み入れた。横で盗み見た紗妹が「え?」と声を上げる。
「ウード……仕舞われるのですか?」
「こんな目立つ物、人目につく所には置けないわ。それでなくてもあらぬ噂が流れ始めているのに、ね」
紫雲は櫃の蓋を閉めながら応えた。
「西国の主人が秘宝のウードを亭国の麗人に捧げたと?でも、それは本当の話ですわ。あの方は姐姐にそのウードを贈られたんですもの」
「紗妹」
紫雲は溜め息を吐きながら言った。

「噂が噂であるうちはいいわ。幾らでも笑い飛ばせる。でも、それが真実になってはいけないのよ。妓楼は偽りの遊び場であって謀事や戦事の場であってはならない。私達が王子を匿った事も、代王府の世子様方と示し合わせた事も決して知られてはいけないわ」
彼女は長い美しい指を口元にそっと当てて囁く。
「覚えてらっしゃい。私達が遊び女でいるうちは世は太平。皆の羨望と嘲笑を買っているうちが一番幸せなのよ」
真実は決して表に出してはならないわ。

「………」
「ああ、それから」
不意に紫雲は顔つきを変えて魅惑の流し目を向こうの卓に向ける。
「そこにある文を蘇殿の手蹟(て)に変えておいて」
「え?…でもあれは…」
驚く紗妹に、今度はその麗しの御手を彼女の顔の前にかざし言葉を遮る。
「恋文の代筆の様なものよ、蘇殿は右上がりの癖が強いから忘れないでね」
「…はい」
……また、何か企んでおられるわ。
そんな事を思っていた矢先、柳雪が一人駆け込んで来た。

「姐姐!大変だわ。また表に…!」
紫雲は一瞬顔をしかめて声をあげる。
「何を慌てて…」
「どなたの決闘騒ぎですか?」
紗妹が落ち着いた口調で尋ねた。紫雲姐姐を巡っての決闘は今に始まった事ではない。またその手の騒ぎの一つに違いないと思ったのだ。紗妹の大人びた口調に柳雪はチラリと目をやってふ…ん…、と鼻を鳴らした。
「決闘には違いないけど、相手は紫雲姐姐よ」
「⁈」
「沈家の太太(奥様)が乗り込んでらっしゃってるのよ」
…プッ、と思わず紫雲が吹いた。
「嫉妬深い方とは伺っていたけれど、まさか妓楼にまでおいでになるなんて…」
可笑しそうに笑う。
「母様(楼主)がお相手すると言ってありますよ」
続ける柳雪の言葉に初めて慌てた表情を見せた。
「あら、母様の手を煩わす必要はないわ。柳雪、行くわよ」

スッ…と優雅に裾を持ち上げて急ぎ足で扉に向かう。最後にチラリと紗妹を振り返るといつもの微笑みを紅い唇に乗せる。
「紗妹、その文をお願いね。それから書き写したら元の文は燃しておしまい」
「はい」
返事を背中に聞きながら足早に外に出る。
「大丈夫でしょうか?」
紗妹は一緒に行こうとする柳雪を捕まえて少し心配気に尋ねた。柳雪は重ねた袂をヒラヒラと返しながらニッコリと笑う。
「姐姐は何でもまあるく収める方法を、いつでも考えてあるわ」
その言葉に紗妹は漸く一息つく。

本当に、紫雲姐姐の周りは毎日忙しい。
花喰楼の紫雲と言えば、当代随一の名妓に違いない。

花の様に笑い、風の様に佇む。
星の様に瞬き、月の様に微睡む。
夜の樹々の様に騒(さわ)めき、昼の空の様に澄む。
世の貴顕を賑わし、天仙を舞わせる至極の琵琶を鳴らす。