翌日、朝日が昇り切らぬに内に既に闘技場は人々の熱気で満ちていた。
闘技場への門が開くと同時に、人々は競うように押し寄せ、朝の光に人の身体から発する蒸気が白く映し出される。
ドンドンドンド
試合の始まりを告げる陣太鼓が鳴り響き、昨日の勝者たちが壇上に登る。
趙勲を含む3名の亭国剣士、慕容氏・羌族の宕昌国・周天祐率いる维昊国は各々2名、夜郎国・鮮卑族は各々一名が壇上へと歩を進める。
各々に使い慣れた弓を持ち、周天祐は玄色の衣に引天籟より拝領した弓を携えて壇上に上がる。
中原風に結った漆黒の髪と、闇を溶かしたような漆黒の瞳の切れ長の双眸、高い鼻筋、その姿は秀麗で観客席の女子達の歓声が沸く。
趙勲は横目で周天祐を盗み見て、この試合での勝利を確信し、心の内でほそく笑む。”どこまでついてこれるかな?小僧”
剣士たちは一列に並び、数メートル先にある的に一斉に矢を射る。
放たれた矢は風を切り、まっすぐに的へと吸い込まれていく。
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン
「的中!」
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、
「的中!」
ヒューン、
「的中!」
この時点で予想通り趙勲率いる亭国が全ての的に的中させ勝ち抜ける。
各々1名しか残れなかった夜郎国・鮮卑族は退き、各々二人ずつ残った慕容氏・羌族の宕昌国・周天祐率いる维昊国が同点で並ぶ。
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、
「的中!」
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、
「的中!」
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、
「的中!」
又しても、慕容氏・羌族の宕昌国・周天祐率いる维昊国が同点で並ぶ。
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、
「的中!」
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、
「的中!」
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、
「的中!」
慕容氏・羌族の宕昌国・维昊国は共に武勇の誉れ高く、互いに譲らず何度やっても同じ結果となるだろうと思われた処で、亭国皇帝(楚北捷)は侍従に二言、三言 耳打ちする。
侍従はそれを伝え聞いた後、そそくさと後ろに下がり、6本の布と鈴を捧げ持って壇上へと向かう。
侍従は各々の国の者達に黒い布を渡し、目隠しをするように促す。
皆が訝しむ中 侍従が言う。「このままでは勝負がつかぬ故、これより暗射によって優越を定める!各々の剣士たちは目隠しをした上で鈴の音を頼りに矢を射るように、また この試合は周囲に危険を伴う故 白い布で周りを覆ってから行う!」
そういい終わると周囲は薄い布で覆われ、かろうじて中が見えるように配慮される。
周囲には弓矢、剣を携えた者が配置され、万が一流れ矢が飛んできても人々を守る様に配慮される。
暗射!?
確かに、このまま試合を続けていても体力の劣った周天祐には不利であり、この後の武術戦ではさらに不利となる。亭国皇帝(楚北捷)は切り替えが早い。
引天籟は心の内で亭国皇帝(楚北捷)の公正さに感嘆する。
壇上の剣士たちは一斉に黒い布で目を覆い隠し、弓をつがえる。
チャリンチャンン
鈴の音は小さく響き始める。
チャリンチャンン
試合が始まると引天籟は心の内で感心する。
薄く白い布で覆われた壇上ははっきりとは見えず、観客自身も暗射を行っているような面持ちとなる。
中々に心憎い演出だ。
鈴の音と共に矢が放たれていく。
チャリンチャンン
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、
チャリンチャンン
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、
チャリンチャンン
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、
次々に放たれていく矢は、その一部は空をきって白い布に突き刺さり、あるものは地に落ちる。
不意に悲鳴のような声が上がる。
引天籟が視線をそちらにやると、丁度 流矢が白い布を突き破り、 亭国皇帝(楚北捷)へと一直線に飛んでいくところであった。
駄目だ!ここからでは間に合わない。
「皇上陛下(楚北捷)!」
「皇上陛下(楚北捷)!」
「皇上陛下(楚北捷)!」
一斉にこの衛兵は矢をつがえるが、誤って亭国皇帝(楚北捷)を射てしまうかもしれず、誰もが射る事を躊躇する。近衛兵は一斉に亭国皇帝(楚北捷)の前に立ち盾となろうとするが、壇上にいる亭国皇帝(楚北捷)には届かず、矢は一直線に亭国皇帝(楚北捷)へ向かう。
矢が亭国皇帝(楚北捷)を射抜こうとした刹那、楚漠然は亭国皇帝(楚北捷)の前に立ち、七星聖剣で矢じり(矢の先の部分)を切り落としす。
亭国皇帝(楚北捷)は表情を変えずに跳んできた矢の矢柄(やがら、矢の棒の部分)を素手で掴む。
一瞬水を打ったように闘技場は静まり返り、一斉に歓声が上がる。
「皇上陛下(楚北捷) 万歳!」
「亭国万歳!」
「皇上陛下(楚北捷) 万歳!」
「亭国万歳!」
亭国皇帝(楚北捷)は昔日の英雄、未だその技は衰えを知らず、人々は感嘆する。