期待するから失意のどん底へ落ちる(私がブログを始めるまでのこと)① | 心をパステルで描いてみようよ♪

心をパステルで描いてみようよ♪

「パステル和アート」
「曼荼羅アート」
「点描曼荼羅」と出逢い
描くことで自己表現できる幸せを感じています(*^^*)
その時その瞬間、感じる色 イメージを大切に。。。
梵字・龍体文字・カタカムナウタヒ・写仏と曼荼羅アートを併せたオリジナル作品も描いています

 

私は長女だったから

できる子、尊敬される人でいないといけなかった

 

強い自分でいなければ・・・と

長い間、必死に自分を奮い立たせて

 

まわりから後ろ指さされないように

 

隙をみせないように

一生懸命、勉強することも頑張った

 

看護師をしていたほぼ25年近く

誰よりも

優れたプロでいたかったから

 

知識を積み、技術を磨き

誰よりも素早く、的確に、動けるように

 

人としても、心と向き合うために

より感覚を研ぎ澄まし

見えないものも見通すことも

たくさん努力を重ねてきた

 

 

十数年間という短い結婚生活の間も

元夫の子供たちを
幼児のころから、中学に上がるころまで

我が子として育て

同時に自分の産んだ息子も育て

 

元夫から、逃げるように別居を決意したときも

子ども3人とも連れて実家に逃げた

 

 

私は3人とも育てていくつもりだったから

 

 

実家の両親と弟の生活の中に

それまでとは違った生活がはじまり

 

しばらくいっしょに実家で生活をしていたけど

私が産んだ子はまだ幼くて、流行の胃腸病で入院が必要で

私が付き添い入院しなければならず

上2人の子たちを実家に任せることも・・・

 

 

そして

両親から、元夫の2人の子たちは

元夫のもとへ返せ・・・と言われた

今のままでは

元夫が一番楽をして生きることになる
親としての責任を
元夫にも持たせるべきだ・・・と

 

 

どうしても3人とも育てると言うのなら

実家から出ていくようにと・・・

踏ん張りたかった
2人を手離すことは、絶対にできない

と、泣いて両親に頼んだけれど

 

なんにも貯えがなかった私には

3人とも連れて、部屋を借りる力もなく

共倒れになるのは目に見えていたから

それだけは避けないといけなかったから

 

 

 

つづきは、また

 

 

ここまで思い出しながら書いていたら
その頃の何とも言えない思い

溢れてきて

苦しくなってしまった・・・

 

これ以上

今は書けない

 

 

ごめんなさい