こんにちは♡
書きたいネタが幾つかあるんだけど
今日はコレ、って言うのが
イマイチ定まらないなー
何を書こう
さっき子供たち連れて
スーパーに買い物に行って
ケーキが食べたくなって
帰りにケーキ屋さんに
娘のチョイス🍰
ハスカップタルトとプリン🍮
イチゴのフロマージュ🍓と
ピスタチオタルト
1人ふたつも...笑
娘が「私、このタルトとプリン」て。
「おい、誰が二つも良いと決めたん?」
て言ったら
「わたし」
うちの娘は私以上に女神気質よ🗽
ほんと、すごいねと時々思うけど
一緒にいても不思議と嫌じゃないのよ。
こんなにワガママだと思うんだけど
自分を責めてないワガママは
逆に叶えてやりたくなる不思議。
娘の「2つ食べる」発言により
「じゃあお母さんもふたつ」ってなる笑
そこで「ふたつなんかダメ」って
ならないところが
私が女神なところ

結局、みんな二つずつ。
今日誰かの誕生日?って感じになった
子供達のことと
彼との関係性は
繋がっていないように見えるけど
見えないだけで確実に繋がっていて
それは、私が
彼と出会ったことから
ツインレイ概念を知って
自分の人生を紐解いて来たことで
私を中心として
各方面に伸びる関係性の糸が
実は全てひとつの円の中にあり
全てが繋がりあっていると
理解したことで
彼との関係性だけじゃなくて
彼以外との関係性においても
同じ感情や辛さや苦しさを
これまで経験してきていたと
理解するキッカケになったんですよね。
私の場合は
常に自分以外の誰かのために
何かをすること
誰かの助けになることや
誰かの幸せのためにすることが
自分の喜びであり
使命のようなものだと
思って生きて来ていたので
私が、例えば
娘のためにと思ってやったことや
娘の将来のためにと思って
言った言葉に対して
娘本人がその通りに受け取ってくれないと
「娘のため」にやった私の
愛や優しさを拒否されたと感じて
悔しくて悲しくて
なんで分からないの!?
って、めちゃくちゃキレてた。
あなたのために言ってるんだよ!?
って。
娘が中3の時が1番しんどかった。
勉強が得意でない娘も受験生。
塾は嫌、家庭教師も嫌、
義両親とも相談して
通信の教材を契約して
それだって数万円かかる訳で
本人の「それならやれそう」
に期待して始めたけど
送られて来たテキストを
こなすスケジュールすら
自分で立てられない。
私が一緒に見て、スケジュール立てて
ここまでに、この課題をやらないと
って2人で決めても
テキストを期日までにやりきれない。
私は、娘に「努力すること」を
学んで欲しいと思ってた。
高校受験て、娘がもし
高校以降、進学を希望しなかったら
娘が受験を経験するのはココだけ。
苦労するし、色々なこと我慢も必要だし
だけど努力することの素晴らしさや
その結果が付いてくる喜びを
娘の将来のために
中3のこの時期に
理解させたかったんですよね。
娘は、結局
テキストを自分だけではやりきれず
このままではダメだと思って
私が家庭教師になることにしたんですよ。
職場に
娘のテキストや
その日使わない教科書を借りて持って行き
昼休みに予習して
夜に娘に教える。
私は、頑張った訳です。
娘以上に。
頭を使い、思考を使い、時間を使い、
娘に「努力」を教えるために。
しかし娘は
私が出した宿題を忘れてたり
勘違いしてたり
「やる時間なかった」
「今日はないって言わなかった?」
「見たけど分かんなかった」
全然、全く
私の思い通りにならなかった。
こんなに娘のために
あらゆる私のものを使い込んでるのに
その辛さや苦しさを
なぜ娘は理解してくれないのかと
キレて
分厚いテキストを
真っ二つに引き裂いたことがあった
火事場の馬鹿力とはこのことw
娘の前でもキレて泣いたりしたし
数時間、家出したこともあった。
まぁ、いま思えば
そのからくりは
正に自己犠牲そのものの思考なので
そうなるよね、は
よく分かるんですが
私が彼に出会わなければ
今も、この時のままの
私であったのだろうなと思うと
彼とのことで悩んだ2年と
差し引きしても
プラスにしかならないと思えるんですね。
誰かのため
に、何かをしている時は
自分が、その「誰か」よりも
後になっていると言うことで
自分を後にしてまで
自分の何かを与えているのに
その与えている相手が
自分の理想通りに動いたり
理解をしてくれないと
自分を犠牲にしてまで与えている
自分のゴールがないから
その不安ややりきれなさを
自分で受け取るしかなくなる訳で
でも、自分は愛だと思って
相手に与えているから
それを、その相手に受け取られないことは
自分でも認められないんですよね。
与えている愛を
そんなものいらない、って
言われてる気がして
すごくすごく辛くなる。
そこから私が楽になったのは
ある種の「諦め」だったな。
もう私立でいいや、って。
公立に入るには
ランクがギリギリで
頑張らせなきゃいけないけど
うち母子家庭だし
私立でも授業料かからないし
周りの評価とか
母子家庭だからとか
なんかもう、よくない?ってなって
これもいま思えば
娘から理想の愛のターンはないけど
理解が叶わない自分だけど
そんな自分で良いんだよ、と
自分で自分を認められた瞬間だったなと。
娘に「私立にしようか」と
言ったところで
私の家庭教師も解消。
まぁ、それでも
全く勉強しない訳にもいかないから
卒業までは自分でそれなりには
やってたみたいだけど
大きな問題さえなければ
入れることもわかってたし
気持ちはお互いにずいぶん楽になった。
そして高校入ったら
私はもう完全に放任マザーになった
3年の間に
テストがいつあったのかさえ知らん笑
でも通知表見たら
いつも真ん中くらいにいるから
成績は気にもして来なかった
たまにテストの点数良かった時だけ
「90点だったんよ〜、私すごくない?」
ってアピールする娘に
へ〜、くらいの温度で返すと
いや、もっと驚くところなんだよ?!って
注意されたり...笑
ピアス開けたのバレて
学校に親も呼び出されたりしたし
今となっては
「ダルいから明日休みたい」
の娘のズル休み発言も
「良いけど、自分で連絡しなよ」
で済むようになった笑
単位さえ落とさないで
留年しなければ良いって言う
母と娘のルールは
たまに私が羨ましくなるほどに
娘がのびのび生きる
ルーツになってる気がする。
この関係性も
彼とは関係していないようで
彼に執着していた頃は
子供達にも執着していて
実は、対ヒトにだけじゃなくて
お金や時間にも執着していたり。
執着って
それがなくなることが
自分で不安だと思ってることで
執着すると言うことは
いま、自分の元にはない、
または、あったとしても
残りが少ないと
自分が思っているから
なくなるのが怖いし
安心するだけ早く欲しい、と
思うんですよね。
でも、よーく考えたら
時間もお金も
愛する人との関係性も
自分が「ない」「不足してる」と
思い込んでいるだけで
ちゃんと目の前の現実を見つめたら
実は全部足りてるんですよね。
私の場合は
その「全部足りてる」と感じるのが
彼との関係に対して
理解し始めてから
子供達、時間、お金、環境、周りの評価
あらゆるものが「足りてる」に
変化し出したんですね。
人によって
どこから先に変わり出すかは
違うのかなと思うけど
ツインレイを語る女性のみなさんは
愛する人との関係性が
変化すると同時に
他のことが
芋づる式に「足りてる」化する
印象はありますね。
だから
私にとって彼との出会いは
今まで自分をいつも後回しにして
誰かのために生きて来た頑張りに対する
人生最大のご褒美なのだと思っています。
さて、明日はまた
娘の言うこと聞く日です
受けたいダンスレッスンがあるってことで
札幌連れて行かねば
息子は、家でゲームしてた方が良い
ってことで留守番
それぞれがマイペースな家族だわ....
みなさま良き3連休を🙋♀️
ではまた♡


