本日は皆様に重大なご報告をさせていただきます。

かねてより市民、議員より多くのご依頼と

マスコミよりお問い合わせをいただいておりました

4月の統一地方選挙における千葉県議会議員選挙の件ですが、

熟慮を重ね、市民、後援会、無所属の我孫子市議の先輩方と

協議した結果、県議会への挑戦を決意いたしました。


ここ数日間で決意した背景には、先月1月に行われました

我孫子市長選では過去最低の投票率を記録し、

更に市議会議員補欠選挙では無投票という、

我孫子市の政治が停滞した空気を打破しなくてはならないと

地方政治に危機感を募らせたことや、

4月の県議会議員選挙の立候補者説明会においても

定数の2名(自民党・民主党)しか出席しておらず、

また無投票となる可能性が濃厚となったからです。


二元代表制という地方政治の仕組みにも関わらず、

また政党でしか選ぶことができない、尚且つ無投票であれば

選ぶことすらもできないという状況は民主主義の根幹にも関わる

重大な事態です。


更に、我孫子市は千葉県との関係が非常に重要な時期であります。

手賀沼は県の管轄です。 手賀沼の放射能対策が急務であること、

手賀沼終末処理場に指定廃棄物が運び込まれた際に

政党所属の我孫子市選出の当時の両県議の働きに対し疑問に思ったこと、

そして、1兆7千億以上の巨額な予算を千葉県が持っているにも関わらず、

その内容が全く見えないこと、我孫子市・市民へ還元されているか、

など、とにかく我孫子市のために県でやらなくてはならないことが

たくさんあります。


一方で残念ながら噂ばかりが先行し、未だ白紙の状態で

何も決めていない時期から、私の出馬を断念させるための様々な圧力、

中傷、嫌がらせがありました。

このような卑怯な行為は無所属や若手や女性を政界に

入りにくくさせています。

こんなことが許されては政治家を志す人が少なくなります。

今後の選挙の大きな課題として、しっかりと公表し、

議論を巻き起こしていきたいと思います。


断に時間を要している間、私の背中を押ししてくれたのは

私の活動を見ていてくださった後援会の皆様、友人、市議の先輩、

そして両親でした。


今後もあることないことの噂がエスカレートすると思いますが、

私はこれまで市議として絶え間なく働いてきた実績があります。

選挙の前だけ現れる政治家とは違います。

期数だけ重ねて何もしない議員よりも、任期中どれだけ市民のために

死にもの狂いで働いたか、ということに尽きると思います。


私はいささかもひるむことなく、正々堂々と戦っていきます。

ご存知のように私は政党や組織に属さぬ無所属です。

私のこれまでの活動を見ていて下さった市民の応援で闘います。


そして無所属の私を各界の専門家の皆様が、

私の活動や政策提案等で支援してくださっています。


今回の挑戦に対して応援してくださっているエキスパートの方々は、

若手・女性・無所属を入れて地方政治を刷新しよう、

というお考えの皆様です。


これまで自分が現場で確立してきた地方政治の理念のもと、

時代に即した政治家「水野ゆうき」流の地方政治の在り方を追求し、

統一地方選に挑戦する全国の無所属の若手の同志とともに

新たな形を確立させていきたいのです。


今後も一層の努力を続け、地方政治に新しい風を入れていくことによって

今回も引き続き全面的に支援してくださる専門家の皆様へ恩返しをし、

真摯な態度で政治に向き合っていきます。

地盤、看板、鞄がない無所属、若い女性には

これからも多くの試練や ハードルが待ち構えていることでしょう。


しかし、私は我孫子市・我孫子市民を第一に考え、

単なる賛成や批判だけでなく現実的な政策で結果を出すために

圧倒的な行動力と情報発信力で我孫子市のために挑戦します。


非常に難しいと言われる選挙ですが、

いつまでも逡巡するのは私の性に合いません。

3月議会は我孫子市の新年度予算の審議となります。

新たな挑戦を目前に控えておきながら、責任の持てない予算を中途半端に

審議することや、更に我々政治家の報酬は市民の皆様の税金

という観点からも、 決めておきながら報酬をいただくということは、

私は良しとしません。

潔く、退路を断ち、辞職願を提出しました。


これからも日々発信し、政治を1ミリでも前に進めるために、

そして誰もが政治を身近に感じていただけるよう、 努力を惜しみません。

リスクを恐れず、我が身をもって 地方政治の停滞した空気を打破します。


最後に、突然の決断であったために、

ご報告が遅れてしまった皆様にはこの場をお借りしてお詫び旁々、

ご報告申し上げます。