2019年10月11日、漫画家の植木金矢さんがお亡くなりになりました。97歳でした。
 本稿では故人を偲び、植木さんの思い出をご紹介すると共に、植木さんの作品の特徴をご紹介したいと思います。

 2012年、東京都文京区にある弥生美術館で植木さんの特別展「伝説の劇画師 植木金矢展」が開催されました。

 ↓こちらは特別展のポスターです。

 当時既にご高齢でしたが、何と会場でサイン会を開催してくださいました。私もサイン会に馳せ参じ、サインを書いて戴いたのですが、植木さん、学芸員の松本品子さんと一緒に写真まで撮ってくださいました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

 ↓サイン会の整理券

 ↓左から筆者、植木さん、松本さん

(「植木金矢の絵を守る会」様と松本品子様より、写真をブログに掲載してよいとの許可を戴きました。ありがとうございました。)

 さて、ここからは植木さんの作品の特徴をご紹介致します。
 植木さんは主に時代劇漫画を描かれましたが、昭和30年代頃には実在する時代劇スターの似顔絵のような登場人物を描かれました。当時の映画界には五社協定という大手映画会社によるカルテルがあり、異なる映画会社に所属する映画スターが共演することはありませんでした(一般的に、五社協定の時代に異なる映画会社に所属する映画スターが共演した最初の映画は昭和43年公開、石原裕次郎・三船敏郎主演の『黒部の太陽』であるとされています)。しかし植木さんの漫画では、異なる映画会社に所属する映画スターが、似顔絵の登場人物で共演しているのです。これは現実の映画ではあり得ない夢の共演でした。
 実在する時代劇スターの似顔絵のような登場人物を描く植木さんの手法はコミカライズでも発揮されました。植木さんは昭和46年、三船敏郎主演のテレビ時代劇『大忠臣蔵』のコミカライズを担当されました(因みに昭和46年の『大忠臣蔵』は私の大好きな時代劇ですので語ろうと思えば色々語れてしまいます)。そのコミカライズでも、やはり登場人物が実際の俳優の似顔絵なのです。
 ソニーがベータマックスを発売したのが昭和50年、ビクターがVHSを発売したのが昭和51年ですから、昭和46年の時点で植木さんによる俳優の似顔絵を駆使したコミカライズは、視聴者にとってはビデオと同じくらい価値があったものと推測されます。

 植木さんの功績に敬意を表すると共に、謹んで哀悼の意を表します。