明石の君の出産

 

本文

 女君には、言に表して、をさをさ聞こえ給はぬを、「聞き合はせ

給ふこともこそ」と、おぼして、「さこそあなれ。怪しうねぢけた

るわざなりや。さもおはせなむ、と思ふ辺りには心もとなくて、思

ひの外に口惜しくなむ。

現代語訳

 紫の上には、明石の君の件をはっきり口に出して言わなかったが、

「よそから耳に入ることがあっては」と源氏は気配りをして、「女

の子なんだそうだ。うまくいかないもんだね。子供がほしいと思う

所にはなかなか出来なくて、予想外なことで残念だ。

 

本文

女にてさへあなれば、いとこそものしけれ。尋ね知らでもありぬべ

きことなれど、さはえ思ひ捨つまじきわざなりけり。呼びにやりて、

見せ奉らむ。憎み給ふなよ」と聞こえ給へば、

現代語訳

女ということで、どうもがっかりだよ。放っておいてもいいのだが、

知らん顔をするわけにもいかない。そのうちその子を連れてきて、

あなたに見せよう。憎まないでおくれ」と仰せになると、

 

本文

面うち赤みて、「怪しう。常にかやうなる筋宣ひつくる心のほどこ

そ、我ながら疎ましけれ。もの憎みはいつ習ふべきにか」と、怨じ

給へば、

現代語訳

 紫の上は顔を赤らめて、「変ですこと。いつも焼きもちを焼いて

いるようにおっしゃられるなんて。そんな自分の心が自分でも嫌に

なります。やきもちは、いつ教わるものなのかしら、と皮肉を言う

ので、

 

本文

いとよくうち笑みて、「そよ。誰が習はしにかあらむ。思はずにぞ

見え給ふや。人の心よりほかなる思ひやりごとして、もの怨じなど

し給ふよ。思へば悲し」とて、果て果ては涙ぐみ給ふ。

現代語訳

源氏はすっかり笑顔になり、「そうですね、やきもちは誰が教えた

のでもありません。そう思うなんてあなたらしくないように見えま

す。誰もしないような気の回し方をしてやきもちをやくなんて。考

えると悲しくなります」と感極まって、最後には涙ぐんでしまった。

 

 

   角川ソフィア文庫ビギナーズクラシックス

           日本の古典源氏物語より