★中宮の父関白道隆がなくなり、その後、兄伊周・隆家の従者が、

  花山院に矢を射かけるという事件が起こった。伊周・隆家は失脚

  流罪。中宮も謹慎となる。中宮に仕えていた清少納言は道長側と

  内通していると噂を立てられ、実家にひきこもる。

  この段はそのころのできごと。

 

本文

 例ならず、仰せ言などもなくて、日ごろになれば、心細くてうち

ながむるほどに、長女(をさめ)、文を持て来たり。「お前より、

宰相の君して、忍びて賜はせたりつる」と言ひて、ここにてさへ、

ひき忍ぶるも、あまりなり。

現代語訳

 (関白道隆の死後、清少納言は道長側に通じているという噂をた

てられ、実家に引きこもっている。中宮からは)

 いつもと違ってお便りもなくて日もたち、心細く、ぼんやりして

いる時、使いの者がお手紙を持って来「中宮様から、宰相の君を通

じてそっと下さったものです」と言う。私の実家でさえ、気兼ねを

しているのもあんまりだと思いながら、

 

本文

 人伝ての仰せ書きにはあらぬなめり、と、胸つぶれて、疾く開け

たれば、紙には、ものも書かせ給はず、山吹の花びらただ一重を包

ませ給へり。

現代語訳

 (女房の)代筆だはないだろうとどきどきして、急いで開けると、

紙には何もお書きにならず、ヤマブキの花びら、ただひとひらをお

包みになっている。

 

本文

 それに「言はで思ふぞ」と書かせ給へる、いみじう、日ごろの

絶え間嘆かれつる、皆慰めてうれしきに、長女(をとめ)も、う

ちまもりて、

現代語訳

 それに「言はで思ふぞ――口には出さなくても、思っています

よ」と書かれている。感動して、このところお便りもなく悲しか

ったのが、すっかり慰められて、うれしい。使いの者も私のよう

すをじっとみて、

                     次回につづきます

 

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                 日本の古典枕草子より