場面の背景 源氏そっくりの若宮が誕生した。父帝は、

       秘密に気づいているのか、いないのか、

       すなおに喜んでいる。

 

 本文 例の、中将の君、こなたにて御遊びなどし給ふに、

    抱き出で奉らせ給ひて、「皇子たちあまたあれど、

    そこをのみなむ、かかるほどより明け暮れ見し。

    されば、思ひ渡さるるにやあらむ、いとよくこそ

    おぼえたれ。いと小さきほどは、皆かくのみある

    わざにやあらむ」とて、いみじく美しと思ひきこ

    えさせ給へり。

 現代語訳 いつものように、源氏が、藤壺の部屋で楽器

    を奏でていると、帝が若君を抱いて現れ、「王子

    はたくさんいるが、お前だけをこんな幼い時から

    見て来た。その記憶がよみがえるせいだろうか、

    若宮はお前にとてもよく似ている。小さいころは

    みんなこんなもんかね」と言って、若宮がかわい

    くてたまらないようだった。

         

 

本文  中将の君、面の色変はる心地して、恐しうも、

   たじけなくも、うれしくも、あはれにも、方々移

   ふ心地して、涙落ちぬべし。

    物語などして、うち笑み給へるが、いとゆゆし

   美しきに、わが身ながら、これに似たらむはい

   ういたはしうおぼえ給ふぞ、あながちなるや。

    宮は、わりなくかたはらいたきに、汗も流れてぞ

   おはしける。中将は、なかなかなる心地の、かき乱

   るやうなれば、まかで給ひぬ。

現代語訳 源氏は、どきりと顔色が変わる思いがして、

   は恐ろしく、父帝にはおそれ多く、若宮の美しさは

   うれしく、しみじみとさせられ、さまざまに感情が

   揺れ動いて、涙がこぼれそうになった。

    若宮が何か片言を言って、にこっと笑うようすが、

   まったくこわくなるほどかわいらしいが、源氏は自

   分のことながら、この若宮に似ているのなら美男の

   はずだから、大したものだ、自分をたいせつにしな

   くてはと、さきほどの自責の念をもう忘れてうぬぼ

   れている━━まったくいい気なものである。

    藤壺は その場にいたたまれない気持ちになって、

   冷や汗をかいていた。源氏は、若宮を見て、かえっ

   て気持ちが乱れたように感じたので、宮中から退出

   した。

   

       

 

    出典 角川ソフィア文庫ビギナーズクラシックス

             日本の古典 源氏物語より