『古今和歌集』 「仮名序」

 和歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける。

世の中にある人、事・業しげきものなれば、心に思ふ事を、

見るもの聞くものにつけて、言ひいだせるなり。

花に鳴く鶯、水に住むかはづの声を聞けば、生きとし生け

るもの、いづれか歌をよまざりける。

力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあは

れと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも

なぐさむるは、歌なり。

 

 やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろずのこ

とのはとぞなれりける。

よのなかにあるひと、こと・わざしげきものなれば、ここ

ろにおもうことを、みるものきくものにつけて、いいいだ

せるなり。

はなになくうぐいす、みずにすむかわずのこえをきけば、

いきとしいけるもの、いずれかうたをよまざりける。

ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めにみえぬお

にがみをもあわれとおもわせ、おとこおんなのなかをもや

わらげ、たけきもののふのこころをもなぐさむるは、うた

なり。

 

                    

 

【口語要約】

 やまと歌は、人の心を種にたとえると、そこから生まれ

て口に出て、数多の葉となったものである。

世の人は種々の事に接しているので、その心に思ったこと

を見聞きしたことに託して言いあらわしたものが歌である。

ウグイスやカジカの声のように、生きとし生けるものはみ

な歌を詠んでいる。

力を入れずして、天地の神々の心を動かし、あの世の霊魂

を感動させ、男女の仲を親密にし、たけだけしい武士の心

をもなごやかにするのが歌である。

 

       斎藤孝 著   声に出して読みたい日本語② より