悟りとはどんなときでも
平気で死ねることだと思っていたがそれは間違いで
悟りとは
どんなときでも平気で生きていることであった
正岡子規
子規はどんな時も生きて逸句を目指していたのでしょうね
死ぬ間際までしても悟り切れないわたしは
平気で死ねることなんかとんでもないことだし
どんな時でも平気で生きていることも難しい
何かがあればおろおろするし不安だしびくつくし
死にたくなってしまうすらこともあるし
死ぬまで悟りなんかは到底できそうもない
箸にも棒にも掛からぬ凡夫だからね
死ぬぬなら平気で悟るる秋初月
紫敷布