熱  情  紫 敷布(iloveyouちゃんのペンネーム) 

 前世では縁したような懐かしさ
    西の言の葉やわらな響き

  いまもなお偲ぶ想いのひとひらを
    三十一文字に綴る夕暮れ

  星空に地図を描きみて西空の
    下に住まうる君を想えり

花の命は短くて 苦しきことのみ多かりき
と 林芙美子は記している

人を恋うる想いとは
いつの時代も誰にとっても永遠のロマンなのかも知れない

秋刀魚苦いか塩っぱいか 今年も秋刀魚の季節がやって来た 秋刀魚は刺身にかぎる
大皿いっぱいの秋刀魚の刺身 イカそうめんに帆立の貝焼きなどを肴に 紅いグラスをかたむけながら 熱情の頃が最早遠くかつ懐かしい思い出の日々となりつつある あると言うよりはすでに熟成されてセピア色となり 忘却の彼方寸前のおひとりさま二人の たわいもない恋談義が展開される初秋の夕間暮れであった

「最近思うに おひとりさまのわたしたちにとって コイ心と癒しは同義語だと思うのだけれと あなたはそう思ったことはない?」
おおさすが我が友よ我が意を得たり 同じようなこと考えていましたよ
「同義語ねぇ そこまで深く追求してみたことはないけれど 恋心は忘れてはいないし オバサンだって女の端くれだし……チャンスがあれば挑みますよはりきって」
「やっぱり思っていたのね それを でもねぇ」
「何がでもねぇなの」
「だって、そうじゃない、ここまで来ちゃうと残念なことに、相手は介護とセットみたいじゃない?そうなるとね……」
 今からそんな先々まで考えたって、誰かとどうなる訳じゃなし考えすぎである
「相変わらずヘンなところに生真面目なのね そんな先のこと考えたって仕方ないじゃないの 相手の介護なんかはあなたの責任下じゃないでしょう そんなマイナス考えてちゃ何も始まりはしないじゃなの単に茶飲み友だちよ 茶飲みともだち なにも好きこのんでおじさんを選ばなくてもいいでしょ おじさんを 歳下よ歳下」
「歳下 歳下なんか頼りがいがなくてつまんないわ」
 頼りがいがない なにを言っているのだ おひとりさまで自由気ままにここまで頑張って来て なんで今更つっかえ棒が必要なのだ
 ああ もしかしてそれって歳のせいなのか 残念ながらついに弱気になってしまったのだろうか もしかして もしかして老化現象でかぁ!
「癒しとするならば 鑑賞用でいいんじゃないの 若くてイキのいいの男をそっと眺めているのがいいのよ そっと遠くから密やかにね」
 故郷は遠くにありて想うもの そして……みたいなものでいいのだ
「女友達が山ほどいても 女同志ではでは埋められない何かがあるんだよね何かが イイ男を眺めていれるのは女の人生のスパイスなのよね」
 「その通り やっぱり異性の存在がなければ何となくものたりないというか つまらないのは確かだわね ようするに華がないのよ華が」
 華がないのは勿論だし ときめきも潤いもなにもないのである
「だからといって始終身近にいられても これまためんどうだしね」
「だからさ 自分はしっかりと自立 自律していてから異性の存在じゃないの 着かず離れず適当な距離をもってさ」
 身近に居てもらっても困る 同じ空間に他人が介入する煩わしさが先に立つのだ
 いくら好いたものであっても 毎度毎度ではきっと飽きがくるはずだ
 百キロ圏内に居てもっても困る そうそう会えるわけでもなく 忘れかけた頃年に二度か三度逢える程度がよいのである
 お互いにボロが見えなくて済むし いつまでも新鮮であろう
 イイところだけを眺めて癒されていたいのだ ロマンは美しくあるべきなのである
 少し距離をおいて少し引いて少し修飾していたほうが お互いのために都合が良いのである
 「友だち以上恋人未満」が適当なところだ なんといっても気楽で良いのだ
 だれかがどこかで言っていたように すこーし愛してながーく愛してのように すこーし恋してながーく恋してがベストなのである
 この頃は携帯電話という便利な文明の力るものがあるではないか 携帯電話で事足りるのだ
 たまあに声を聞く そしてメールをするツイッターのごとくに いまなにしてる
 これで充分ラブラブモドキが可能なのだ これこそ正当な大人の「恋」なのである
 暑苦しい恋愛はいらない プチ恋が良いのだ なにもなければチト寂しい
 女学生のごとく密かに憧れ密かに想いを寄せる そんな恋心が良いのである
 「イイ歳して女学生のようにねぇ」
 イイ歳してって?イイ歳だからこそ それが良いのだ
 みずみずしい感性を保つために若さを維持するためには 少々の恋心という特効薬が必要なのである
 鑑賞に堪え得るイイ男 知性と教養を備え保つインテリジェンス 燻し銀のような深みのある粋なメンズ それが本当のイケメン そのイケメンの存在こそが上質な特効薬なのである
 そんなイケメンの面影を図々しくもこの心の片隅に宿らせていただきたい
 影か霞か幻のようであったとしても それを女の道のよすがとさせていただきたい
 「恋心」は若者たちだけのものではない
 ゲーテは八十歳で恋をしたのだ
 そう おひとりさまのこのわたし 身体はオバサンであっても 心は未だ乙女なのである
                                          完