前回は投資した企業が経営破綻したところまでお話ししました。
三光汽船、ダイエー、エルピーダメモリー、日本航空
失敗した原因は決算書を読んでいなかったことと、逆張りで株価が下落を続ける銘柄はいつか反転攻勢すると期待して投資したことです。
下落を続ける銘柄には理由がある。決算書を読んでいれば防げた失敗です。
ダイエーと日本航空については株主優待が目的で数年所有していましたが、会社の経営状態に目を配っていなかったために逃げ遅れました。
なんども失敗しながら現在は長期で増収を続けるところにしか投資をしないこととしました。増収増益であればなおさら良いのですが、規模が小さい企業やベンチャーでは成長するまで設備投資や開発費がかかるために売上さえコンスタントに伸びていけばいいと思っています。
それから営業キャッシュフローには注目しています。
ときどき、業績が伸びている会社が黒字倒産してしまうことがあります。
手元資金である営業キャッシュフローが少ないために資金がショートしてしまうことです。会社が大きくなるにつれて潤沢なキャッシュフローを持っている会社の経営は安心できるものです。入る予定の売掛金の入金が遅れて支払い予定の買掛金の手形が不渡りになることを黒字倒産と言います。
後年、決算書の作成方法を学ぶために日商簿記2級の資格を取りました。
3級でも良いのですが、3級は商業簿記だけです。2級になると商業簿記に加えて工業簿記も出題されます。商業簿記は商品を仕入れて販売する事業所向けの簿記です。
工業簿記は製造業など材料を仕入れて製品を作り販売するために原価計算が加わります。
以下に各社が破綻に至った背景を述べておきます。
以下、M&A Onlineより引用
三光汽船が最初の倒産
2度の石油ショックに伴う1970年代前半から80年代前半にかけての海運不況により、過剰な船舶を抱えていた三光汽船の経営が悪化。この日、会社更生法を申請して事実上倒産した。負債総額は当時としては過去最大の5200億円に上る。その後、不採算船の売却や収益性の高かった不定期バラ積船に経営資源を集約し、業績は回復。1998年には当初予定の約半分という短期間で更生計画を完了した。が、40隻以上の貨物船大量発注がリーマン・ショックに伴う海運需要の減少期と重なり、再び経営危機に。2012年7月には東京地方裁判所に2度目の会社更生法適用を申請することになる。2014年12月、米ヘッジファンドのエリオット社から出資・融資を受けて経営再建に乗り出した。
以上が引用でした。
ダイエーは大手のスーパーでしたが、バブルの時期に経営を多角化したことが裏目に出ました。
エルピーダメモリーは電機各社が行なっていた半導体製造を1社にまとめて日の丸半導体と日本を背負う半導体製造会社として期待されましたが、台湾、中国、韓国などの後発メーカーが国家の支援を受けて大規模投資を行い、半導体の価格下落に対抗できませんでした。
以下、稲盛和夫 OFFICIAL SITE より引用
日本航空を再生させた「フィロソフィ」と「アメーバ経営」 -2010年 日本航空の再生を支援-
2010年1月、日本航空(JAL)は、2兆3,000億円という事業会社としては戦後最大の負債を抱えて、会社更生法の適用を申請し、事実上倒産しました。
その日本航空を再生させるため、政府から強い要請を受け、同社の会長に就任したのが稲盛でした。
周囲から強い反対がある中で、あえて稲盛がこの大役を引き受けたのは、社会的に3つの大義があると考えたからです。
1つ目は二次破綻による日本経済全体への悪影響を食い止めること、2つ目は残された社員の雇用を守ること、3つ目は正しい競争環境を維持して国民の利便性を確保することでした。
破綻当初の日本航空は、倒産したことに対する危機感や当事者意識が欠けており、社員の一体感もなく、再建は、不可能とさえいわれていました。そのような中で、稲盛が日本航空へ携えて行ったのが、「フィロソフィ」と「アメーバ経営」でした。
「JALフィロソフィ」が策定されたことにより、日本航空に共通の価値観が生まれるとともに、全社員の意識改革が進みました。
またアメーバ経営の導入により、社員一人ひとりに経営者意識が芽生え、いかに自部門の売上を伸ばし、経費を削減できるかを全社員が主体的に考えるようになったのです。
その結果、それまで赤字続きだった日本航空は、翌期には営業利益1,884億円をあげる、世界の航空業界の中で最も高収益の会社に生まれ変わりました。
そして、2012年9月には、日本航空はわずか2年8カ月という短期間で再上場を果たしたのです。
以上が引用でした。