研修生の報告発表のあとは、私の日本語指導報告でした。

それぞれが違ったレベルの4人にどうやって教えたかという話を中心に、

言語というものはスペイン語・ポルトガル語のこの言葉=日本語のこの言葉 

というふうに直訳できない難しさがあることを、例を挙げて話しました。

例えば、「貸す」「借りる」をどう表現するかなどです。ガーン

 

最後に、彼らの先祖が移住した時代背景⇒研修生受け入れ事業の始まりという話、

研修生としての心に留めるべきこと というようなことを日本語とスペイン語で話しました。

話が多岐にわたったうえ、私のスペイン語が下手なせいもあって、多分私の話は27分

くらいかかったと思います。

 

 

ながくてごめん!でも、ちょっとわがままな彼らに最後に

言いたいことだった。シャンシャン、よかったよかったで、

終わりたくなかった。ウインク

 

 

 

村長さんから研修生は終了証と記念品をいただき、私も記念品をいただき、あとは歓談。

この間に、研修生たちの空手の型の披露、三線の演奏がありました。

三線に合わせて、私とカーレンは「安里屋ユンタ」を踊りましたが、残念、写真が

ありません。

 

 

最後は参加者全員で記念撮影。

この村は、ほんとにすごい協力体制がありますねえ目

小さい村なればこそと、いつも驚きます。ポーン

 

 

今日はいよいよ最後の研修生の晴れ舞台、研修報告会です。

報告書を月・火・水で書き上げ、今日は午前中に一応清書し、午後は教室で声を出して

読でんでみて、やっぱりここは変だ…… 最後の推敲をしました。

5時半から、役場の大会議室で「研修報告会」。報告書はぎりぎりで間に合いました。

みんな30代だけあって、話の内容が豊かでした。それぞれ長い内容だったけど、

聞かせましたね~。

私が書いたわけじゃないけど、彼らに日本語を教えた者としては、

大満足の研修報告会でした。ラブラブ

 

 

カーレン: 本当にブラジル人っていう感じの感情表現の豊かさを持っています。

       彼女のおかげでいつもクラスが明るかった。授業にはすごく真剣に取り組んだ。

       研修報告では、東村へ来て出会った人、ひとりひとりの思い出と

       その人となりを話しました。最後は感情が抑えきれなくて、泣いてしまいました。

       きっと、彼女の話の中に登場した人は、うれしかったでしょう。

 

 

アドリアーノ: ひらがなも怪しい状態で来たけど、よくがんばりました。

      にこにこしているけど、自分の主張を決して曲げず押し通すしたたかさがあり、

      その強さで日本語力をつけたのだと思います。報告会でこんな話をしました。

      曽祖父は祖父を日本人として育て、いつか日本へ帰るつもりだった。

      ブラジルでは人種差別が強く、日本人はいじめられたので、祖父もやはり

      父を強い日本人として育てようとした。

      父母も人種差別に苦しんだので、自分(アドリアーノ)をブラジル人として育てた。

      それで、数年前まで、自分は100%ブラジル人の考えだったが、…

 

 

フーリオ: 多分、4人の研修生の中で一番協調性があったと思います。にこにこと

      穏やかな話し方だけど、自分の考えはちゃんと伝えています。

      ある日、ノートを見て、その整理の仕方に驚かされました。

      初めて外国に出たので、しばらくは自分が沖縄にいることが信じられなかったし、

      日本語も聞き取れなかった。でも、今は東村生活にもなれたし、だいたい

      日本人の話が聞き取れるようになったので、この研修に参加できたことを

      とても感謝していると、話しました。

 

 

アンドレス: 子どものころ、日本に3年位住んでいたので、読み書き、話し方もほとんど

      問題ありません。時々表現が外国人風になるけど、これは仕方がないです。

      几帳面な性格のなので、この3か月でしたこと、出かけた所とその印象を

      残らず話しました。多分、しっかりメモしておいたのでしょう。

      彼には課題を与えて、それを自習するというような勉強が多かったのですが、

      きちんとこなして、その自律心には感心させられました。

 

 

私が、東京からはるか離れた知人もいないこの沖縄東村に、日本語教師として

来ることになったことの始まりは、アルゼンチンの日系三世・知念直美との

ちょっとした会話からでした。

彼女ウインクは、アルゼンチンで私の日本語教室の生徒でした。

 

その後、具体的に東村役場と交渉して話を進めてくれたのが、知念絹子さん。

彼女とはAUNという日系団体の高齢者デイサービスで知り合いました。

彼女は今93歳ですが、頭も足も”ぴんぴんシャンシャン”です。

 

 

その”ピンピン絹子さん”お兄さん・池原直吉さんが東村の老人ホームにいる

ということで、アルゼンチンからの研修生を役場の比嘉一行さんが面会に連れて

行ってくれることになりました。

行ってみたら、この「あがりホーム」は私のアパートのすぐ近くでした。

看板に「小規模多機能」とありますが、本当に入所者は12人でだけ、ちょうどお八つの

時間でしたが、職員が4人くらいいて、なかなか行き届いた雰囲気でした。

 

 

池原直吉さんは、今106歳。寝起きだったので、入れ歯が入っていなくて、

初めはちょっとぼ~っとしていましたが、そのうち受け答えも確かになってきました。

研修生2人も、若いのになかなかいい感じで、直吉さんに語り掛けます。

耳が遠いので、左耳の近くで話すと、ちゃんと答えが返ってきます。

 

 

 

直吉さんは去年(誕生日前だったので)の4月、

「104歳がこのような貝細工を作っている」と「琉球タイムス」に出ました。

直吉さんが作った貝殻を素材にした置物がここ・談話室の入り口に飾ってありました。

 

帰りに、研修生うーんAndrés の感想

直吉さんは、ここにいて幸せでよかった。アルゼンチンだったら、有銘や福祉センターの

「ふれあいサロン」みたいにゲームや体操もしないし、老人ホームもこんなに親切じゃなく

ほうって置かれるから、おじいちゃんたちがかわいそう。チーン