ヨルゴス・ランティモス監督『女王陛下のお気に入り』もう上映館が減ってきましたが面白かったです。
歴史ドラマでありながら、政治的な権力、女官としての地位をめぐり戦うヒューマンドラマであり、全体はブラックユーモアに包まれた作品。



オリヴィア・コールマンがアカデミー賞の主演女優賞をとった今作。痛風持ちで阪神が麻痺していくアン女王まさにその人と言った演技は圧巻でした。夫に先立たれ、世継ぎの子供17人も全員死んでしまうという、悲劇の中に生きるアン女王の説得力がすごいです。
予告の感じだと女王陛下の寵愛を取り合う二人の女性の物語かと思ったけれど少し思ってたのと違かったです。




18世紀初頭、オリヴィア・コールマン演じるアン女王が統治するイギリス。歴史を扱った作品はその裏側を知っているとより楽しめると思うので、少しだけその頃の歴史の外観を。

17世紀から18世紀のヨーロッパといえば絶対王政が揺らぎ始める頃合い。イギリスではピューリタン革命が起こり王権廃止とまではいかなかったものの、王政には大きな打撃が。絶対王政から立憲君主制へと移り変わり、議会が力を強めていく。

今作でも議会のシーンが印象的ですが、戦争を推進するホイッグ党と、和平派のトーリー党、そしてその真ん中に女王が立って進行する議会はまさにこの立憲君主制を象徴しています。



作中に出てくる戦争はスペイン継承戦争及びアメリカで同時に起こっていたアン女王戦争。スペインの王位継承を巡ってフランスとイギリスが戦った戦争です。最終的にイギリスは多くの領地を獲得します。ちなみにこの戦時中にイングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿とスコットランド🏴󠁧󠁢󠁳󠁣󠁴󠁿がまとまり、グレートブリテン王国に、アン女王はグレートブリテン王国の最初の王になりました。
アン自体は後継のいなかった先王の後を継ぐことになったため政治や戦争には無頓着だったわけですが。

物語はそんな戦争の最中始まります。
レイチェル・ワイズ演じるモールバラ公爵夫人サラは、幼い頃からアンと親交があり親友と言える関係。寝室付き女官として、女官たちの中でも女王とプライベートでも政治においても最も近い間柄でした。それは単なる、女王と女官、親友とも違うさらに親密な関係だったことが作中で明らかになっていきます。(ちなみにサラの子孫がウィンストン・チャーチル)





そこに突如現れるエマ・ストーン演じるアビゲイル・メイシャム。極貧の生活から抜け出すため、狡猾にアン女王の寵愛を受けようとします。それは自分を女官に取り立ててくれたサラの地位まで脅かすほどに。




この二人が女王を取り合う形かと思いきや、その実アン女王が絶妙なバランスで彼女たちとの駆け引きを楽しんでいる節があり、この三角関係の最終的な手綱を握っているのは他ならぬ女王なのかなと。


結局、戦争をめぐる議会の争いは、この3人の寵愛関係を利用し、時に利用される形で進んでいきます。国のトップの女王は自身の寵愛をめぐる二人の女性の戦いを楽しんでいる。その女性たちを利用して、戦争を自分の意のままに操ろうと図る議員たち。宮殿しか描かれないこの映画の裏でとんでもない数の人の命が失われている。そんなブラックユーモアを感じる作品です。

結局、殺人まがいのことまでしてサラを追い出し、失墜させ、サラの地位まで上り詰めたアビゲイルは女王の側に仕えて政治にまで口を出していくように。でもラストシーン、結局は女王の好きに使われてしまっている。

作品の後の話になってしまうけれど、もともと痛風持ちで弱っていたアンが崩御した後、アビゲイルは政治的に失墜し、その反面でサラはその後の新王朝に取り立てられて表舞台には立たないけれど、要職を担うようになる。子孫はウィンストン・チャーチルで首相まで上り詰めてしまうしね。

政治的な信念や女王への親愛と誠実さを持っていたサラと対照的に、ただ地位を欲したアビゲイルの皮肉な末路といったところでしょうか。